母のタイムスリップ日記
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朝 二度寝をしてしまった。 起床は大幅に遅れた。夫も留守で 気も緩んだろう。 娘に起こされて飛び起きた。 母をトイレ誘導し 遅い朝食。
朝食を済ませて 洗濯をして それから投票所へ。 夫は不在者投票を済ませているので 母を連れて投票に行くつもりだったが娘が泊まってくれたおかげで 母を任せて出かけられた。
戻ってから 昼食の支度をした。 娘を送り出そうとしている時 新年度の班長さんに話を始めたらすっかり長引いてしまった。
我が家から始まって これから3年は 転居してきた人に班長の役目が廻ってくるのだが その順番をどうするか…ということで 子育てで忙しい世帯へ一番先に打診したのだった。 私もそうだが 町内会の活動ってどんなことがあるのか殆ど理解できていないので この1年のことや経過を伝えたのだった。
ようやく話し終えて 娘を送り出してから母の昼食。 トイレ誘導 入浴介助としているうちにもう夕方。
入浴介助している時に電話が鳴ったが出られなかった。 折り返し電話をすると先日訪ねた介護仲間だった。 あれから 急変して食事も摂られない状況になったそうだ。 「ショート先を探す事はもうしないで大丈夫。医師から この一週間のうちに…と言われた」と。 1人で受け止めるには 結構辛いなと察せられた。
母を椅子に座らせベッドに向けた。 急いでその方のお宅を訪問した。 家から駆ければ 3分位のところである。 「出来る限りお手伝いします。いつでも言ってください」と伝えたら「その事は何とかできると思う」との返事だった。
ただ 看護の選択をして胸中穏やかでない様子。 先日一緒に見えた方も在宅で看取られた方。私も後行く立場だけれど 同じように考えていると伝えた。 「それを聞いただけでホッとした。毎日『ごめんな』と謝ってるんだ」と話してくださった。
終末期の選択は どちらを選んだとしてもやっぱりしんどく辛い。 まして1人で対処。 その辛さを消してあげることは出来ない。 でも 辛い心に寄り添ってあげることはできるかもしれない。
「手当ては無理にしても 困ったらいつでも電話頂戴ね」と伝えて急いで家に戻った。 母は 出て行った時のまま ベッドに向って座っていてくれた。 「1人にしてごめんね」と謝って 慌てて夕食を作って介助。
食後片づけをしていたら 母入れ歯を外し 手に持って私に渡すポーズ。 タイミングが良いというか偶然と言うか…思わず笑ってしまった。 口腔ケアを済ませて 寝室に移動して洗濯物たたみ。
1日 あれこれ追われて母とゆっくり向き合えなかった。 夕食後 ゆっくりと向き合っているとようやく本来の笑顔が出てきた。
今日は「大」2回なので 母はすっきりしている筈で 私も気持ちのゆとりがある。 明日のデイの準備も済ませて 眠そうな顔をし始めた母にパジャマに着替えて貰いベッドへ。
考えたら 自分の昼食すっ飛ばしてしまった。 慌てて 夕食の準備。 ご飯にありついたのは 9時過ぎ。 時折母を見に行くが 最初は身体を起こしていたけれど 30分も経過しないうちに深く眠っていた。
メールの返事や礼状等あれこれ溜まっていて失礼を重ねている。 母がデイに出かけたら 溜まっていること順番に片付けることにしよう。
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