母のタイムスリップ日記
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今日 デイの送迎の方が送って見えた時「家に戻って変わりましたね。こんなにも変わるものなのですね」と話され「今日は 両手引きでトイレへ歩きました。パットに出ていたのですが 残りをちゃんとトイレでできましたよ。立派に歩けますね」と言われた。 「食事中も眠る事はありませんよ」と。 施設に行っている時から通っていたデイなので 入所していた頃との比較が出来るのである。
施設からデイに出かける時は 車椅子から車椅子へ。 デイに出かけても傾眠しており 昼食時も眠って口を開かず水分補給も儘ならず ゼリーを購入して持たせていた。 それが 全く眠らないし言葉も出るようになったらしい。
あの頃 母も私も苦しかった。 あぁこのまま終末期に向かっていくのだなぁと感じたほどである。
これほどまでに変わるとは思っても見なかった。 噎せも見られたので ゆっくりと食べる量も減ってしまうのだろうと思った。 施設の生活ぶりは ケアマネを通じて伝わっているので刻み食にはなっているが 家の食事を見る限り刻みにする必要もないくらい。 今日 夕食に出した煮魚 誤って骨付きで食べさせてしまったようだった。 舌をもごもごさせているなぁと思ったら 舌で骨だけを押し出せた。 介助は気をつけなくちゃと思ったが 骨だけを舌で選別できる能力を持っていることに驚いた。
さて 今日は哀しいこともあった。 昨日「明日は 爪を切りましょうね。それに吸飲みも持ってきますね」と利用者さんと約束して帰ってきた。 家に戻って直ぐにバックの中に爪切りと吸飲みを入れておいた。
今日 病院に着いたら 利用者さんのベッドが空っぽ。 これまで幾度も病室が変わったので また変わったのだろうと病院の職員にお訪ねした。 なんとはなしに歯切れが悪い職員の対応に悪い予感がした。 看護師さんに変わって「亡くなりました」と。 「何時ですか?」とお聞きすると1度ナースステーションに戻って誰かと話し込んでから「昨夜です」と。「此方には もう居りません」とも。
個人情報が絡んでいるので難しいのだろう。 でも訪問する事は親戚の方も承知しており お願いの電話も親戚の方から戴いているのに…。 「忙しいのだろう」と想像はしたが 昨日利用者さんに「ご親戚の方 昨日見えました?」とお聞きしたら「いいえ 来てません。あの人たち此の頃 少し変なんです」と話されていた。
後で地域の民生委員さんに伺うと私の帰った後 民生委員さんも訪問なさったようでどなたもおいでではなかったようだ。
利用者さんは 最期まではっきりとお話できていた。 ただ 昨日一度だけ「私はこの人のいる時しか 頼めないのです」とうわ言のように厳しい言葉を吐いておられた。 珈琲のやり取りを看護師さんと交わした直後のことだ。 あんなに厳しい言葉は 初めてのことだった。
亡くなったという報せがないのは 困ったことだ。 事業所に連絡が行ってないかと確認したが何も連絡はないようだった。 利用者さんとの約束を果たせたのだからそれでよいと思うようにしている。
この様子だと ご葬儀の案内も来ないだろう。 落ち着いたころを見計らって 利用者さんの眠るお墓に出かけてみようと思っている。これまで幾度もお墓参りに出かけているので場所も知っているし…。
しかし 利用者さんの覚悟は学ぶべきことが多かった。 私に出来るか…と今も自分に問うている所である。
1日気持ちの落ち着かない日で その他の連絡ごとも多く家を空けられずに過してしまった。 母も 此方の気持ちを受け止めているのか 夜の寝つきも悪い。 気持ちを切り替えて 明日へ繋いでいかないと…利用者さんに「しっかりしなさい」と言われそうである。
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