母のタイムスリップ日記
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2009年12月22日(火) 繋がりに感謝♪

 
 今朝 娘から電話があった。
「聴いていた?」「?」
娘の話で つい今しがた耳にした歌だったと判った。
「あの歌 どう?」
「…。私は 聴かなくともいいと思って 意識して聴いていない」
「うん どうにもね…」と娘。
もっと突っ込んだ話になったのだけれど「好き」という人が相当いるみたいだから誹謗中傷になってしまうのも本意ではないので ぼやかしておく。

仲間でも「いい歌でしょ」という方もいるので いつもぼやかして来た。
歌は 好みもあるし...。
逆の立場から詩をかいてみようかななんて思ったりしている。
でも 大勢の人が好きな歌だとしたら 私達親子は 世の中の人と感覚がずれているという事なのかもね…と。

夕方にも その件で娘から電話があった。
「いい歌でしょ」と言われて「うん」とも言わないし「そうかしら?」とも言わないところが腹黒い...と娘は言っていた。確かに...その通リだわ♪
でも言わない自由というのもあるからねぇ。
歌詞もろくすっぽ知らないので 検索してきちんと読んでみた。
やっぱり 自分の想いとは異なるなぁ。

昼食に間に合うように施設に向かった。
テレビの前のソファーで左手をダランと脱力して頭を垂れていた母。
「寝てるのかな?」と呟いたら「寝ていんだよ」と入所者の1人が言った。
母を応援してくれている方である。

確かに母は 俯いていたけれど目はしっかり開いていた。
「そうかぁ サインだな」と感じてトイレ誘導。
立位も少し大変だった。
でも便座に座ると待っていたかのように「小」
「良かった!間にあったんだね!」といったらじっと私を見て静かに頷いた。
「頑張ったね」というと深く頷いた。
その後「大」も。

今日もいい感じ。
居室で昼食。かきたま汁。揚げ茄子。ミートボール。チンゲン菜のお浸し。
かぼちゃの煮つけ。もうひとつなんかあったなぁ。
今日のミートボールは 揚げていないので柔らかい。これなら母も食べやすそうだった。
タッタカ快調なペースで食事が進んだ。

今日は 家から「アボカド」と「柿」と「りんご」を運んだ。
りんごは ふるさとで「みそりんご」といって ふかふかになってしまったもの。
この方が食べやすいと聞いたのは 祖母からである。
新鮮なりんごは サクッと美味しいのだけれど 噛むのが大変。
薄くスライスしてもパリパリとして食べ難い。
あたらしい時は 母用にレンジでチンしてあげる。
口の中に半分ほど運ぶと後は 自力で口の中に運ぶ。

普通の人には 当たり前のことなんだけれど自分で出来るって事がとても嬉しい。食べたい気持ちがあるってことだし...。

食事が終わって 片付けの頃に 今年旅立った方のご家族が遊びに見えた。「介護を終えても施設には寄らせてください」と言っていたご家族。
でも 離れてしまうと施設を訪れるのにも勇気が要るって言っていた。
やはり 閉鎖されている感じがするのだろう。
あくまでも感覚の問題なんだろうけれど...。

ご家族は 一人一人に手作りのプレゼントを運んでくださった。
素敵なクリスマスプレゼントだった。
皆さん「ありがとう♪」と。

母の入浴介助が始まったのを機に 施設を出た。
ご家族と一緒に 今入院なさっている方の所までお見舞い。
施設では とても美しい声で寅さんのテーマソングからニューミュージック 演歌 童謡 なんでも歌いこなす方だった。
病院で過す日々 ご家族が一緒に歌うはずもなくて...。
だから 二人で足を擦りながらお好きだった歌をメドレーで唄った。
勿論看護士さんに確認してからだけれど...。
すると近くの病室のご家族が「お幸せですねぇ」と病室の前で話された。
おそらく 二人が家族だと思ったのだと感じた。
「私達家族じゃありませんよ」とだけ伝えた。
看護士さんが本人に「どなた?」と聞いたら「姉です」と言われたそうだ。
「年下のお姉さん...でも年齢がねぇ」とくすっと笑っていらした。

家族の見えない人にとって 寂しさを募らせてもいけないし でもあまりあれこれとも言えないし...。
でもやっぱり ある意味で同志である。
お逢いしたいから行くのだし ご家族も「どうぞ逢ってやって下さい」と言われるから「遠慮なく...」ということである。

思いのほか おしゃべりも出来て此方が忘れかけている歌詞も補足してくださり...一緒に歌えて...。楽しい時間を過ごさせて戴いた。
ただ ひところより声量が落ちてしまって 消え入りそうな声なのである。

頭をそうっと撫でていたら 目がトロンとしてきた。
疲れも良くないだろうと思って 面会を切り上げた。

母もふるさとの人との交流が出来ればいいのだけれど そうも行かないしね。
まして年を重ねた母にとって 友人だってもうこの世にはいないのだもの。
認知症になっても たとえ病が進行して関係すら思い出せなくとも 繋がりを維持させて戴くことは 同志にとって嬉しい事である。
面会を許してくださる家族に感謝である。


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