母のタイムスリップ日記
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2009年09月13日(日) 敬老祝賀会


10時に開始という施設の家族会?なので早めに家を出た。

母は 居室から持ち出した椅子に座ってきょときょと。
顔を合わせたら 白くファンデーションが塗ってあり 濃いピンクの紅がくっきりと塗ってあった。思わずギョッ。
生涯で これほど濃いお化粧はしたことがない筈。
でも みんなと同じようで良かったのかもしれない。

トイレサインもあり 立ち上がり介助をしたら少し臭った。
職員は 今朝「大量」ありと伝えてくれた。
また5分前には 会場へ移動してくださいともいわれた。

けど とてもそうできる状態ではなかった。
結局 母の手当てを済ませてから遅れて会場移動。

会では 新型インフルエンザの施設での対応と準備について語られていた。
その後質疑応答。
3人の家族から質問が出ていた。

その後各フロアでのお祝いの会。
そこには 看取り終えたご家族が遊びに見えていた。
遊びとは言っても 意識してお手伝いである。
入所以来親しく交わらせて戴いた方である。
「あのね 見送った後 とてもスガスガしいのよ。入所させた当初は こんなに施設に通うなんて考えた事もなかったのよ。仲間がいたから出来た事なんだなぁとしみじみ思っているのよ」とちょこっと涙ぐまれて話してくれた。
感激だった。共に歩んできた道のり...私も同じ気持ちだ。
介護者が変化することで家族も変わって行く...それも同じだった。
介護者になる予定ではなかったのに介護者となったのも同じ。
本人と歩む道も一筋縄では行かないにしても 歩めば楽しい事や喜びも見つかる。それが お互いに共通していた。

今年初の大掛かりなイヴェント。 
入所している人も弾んでいた。
だから 昼食会は 皆さんお腹がはちきれるまで召し上がっていた。
「マグロがくいてぇ」と言っていた人は 真っ先にマグロの寿司を、召し上がって「うめぇ。もう1個」と。柔らかめのお赤飯も人気があってお替わりの催促。
母もまあまあ食べた。でも見た目で楽しむ感覚は大分薄れてきているように思う。けれど 言葉で補足して口に運んだり 口に入った瞬間の表情ははっきりしていて 美味しさを感じる舌はまだ大丈夫みたい。
冷たいものや刺激のあるもので 食べる事を意識して貰う事が必須となりつつある。噎せも少し見られるが 沢山口に詰め込まないで 水分とは別立てにしてあげるとゆっくりだけれど 食べられそうに見える。

後片付けを手伝って ゆっくりと施設を後にした。
そう 昨日「ちぇであべ」と久しぶりに話した。
私がすこしあちこち動いている時のこと。
「ちぇであべ」とは「つれてって」という意味の方言。
一緒にいたいんだなという気持ちが伝わってきた。
お散歩の後 こういった感覚を取り戻すように感じている。
母の頭の中には 話したいことがいっぱい詰まっているんだろうなぁ。
それを引き出そうと思っても引き出せないのだろう。
たまさか出てくる言葉で 母の今を押し計っている。


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