母のタイムスリップ日記
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2009年05月29日(金) 地域作りのシンポジューム


 午前中は 母の所に出かけた。
ソファーで眠っていたが 声を掛けるとぼんやりと私を見つめていた。
こういう時は「誰やったかな?」と言う感じ。
「知っている人だなぁ〜」って感じでもある。
はっきりとするのは 立位の体制に入る時 きっと特徴を覚えているのだろうと思う。感覚で呼び起こされるものがあるように感じている。

歩き出せば 笑顔も見えてくる。
トイレ誘導が始まるとちゃんと思い出すようで…。「そうだ。判ってくれている」と言う表情が読み取れる。
このお互いの阿吽の呼吸は 18.9年の中で培われたのだろうと思う。

今日は 母にお礼を伝えた。
母と共に歩む道のりの中で 私ができた事への感謝である。
母が認知症にならなかったら一生出会う事もなかった人達が大勢いる。
介護があったからの道のりは 得がたい道のりでもあったとつくずく感じる。だから「お世話になっている…なんて思わないでいいのだからね」と手を握って伝えた。
もっと具体的なお話をしたのだが…。
母はじっと耳を澄まして聞いていた。そして頷いてくれた。
元気なら もっともっと驚き喜んでくれたのだろうと思う。
母の元気な頃だって 同様の経験はあった筈で…そういう意味で ようやく母に肩を並べられたということなのではないかと思う。
母は仕事をしていて…。私は主婦としてという立場の違いはあるけれど…。

認知症になってからの道のりは 母に軍配が上がるだろう。
母のように踏ん張れるかは いささか自信がない。

言葉が無くなっても こんなにいっぱいの事が理解して貰えるなんて考えもしなかった。
いろんな支援を必要とはするけれど 心は豊かであることに本当に感動の連続である。

昼食介助。
午後にシンポジュームを聞きに出かけるので できる所まで介助してバトンタッチしたい旨を職員に伝えた。
残り3分の1に差し掛かる頃から居眠りが始まってきた。
今日は スタートは非常に順調で 笑顔を見せて余裕だったので楽勝と思ったのだが そうは問屋が卸さなかった。
面倒なところに差し掛かってバトンタッチする事に申し訳ないと感じつつ 職員にゆだねて駅へと向かった。

介護仲間と待ち合わせて電車に飛び乗って会場へ向かった。
地域作りの成果のシンポジューム。
2つのモデル地区の役所の発表。
一つは 役所の縦割りの体制を断ち切って横軸で連携と言う事で地域に食い込む。
もう一つは 地域住民を巻き込んで地域を作り上げる。
どっちが良いのかといえば 両方取り入れるのがベスト。
他に小規模多機能施設 グループホーム 特養 等のモデル事業。
現場に近くなるほど 納得の出来るお話となって…。
丁度 後ろの席に座った 地域のデイの事業所や地域包括の職員が「努力すればああいうことも出来るのよね。羨ましかったでしょ」と話しかけてきた。しきりに頷いていたのでばればれになってしまった。
よく知っている方なので 隠す必要もないのだけれど…。
余談だけれど 知り合いのデイや地域包括の職員は 休暇を取ってこの場に見えたと言う。
今日は 他の所でもシンポジュームがあり そちらも同様に職員が休暇を取って参加していると言う。
残された現場の方も「行きたい」と言う方が多いと話されてた。
それだけでも その事業所の意気込みが見えてくる。

ところが 一番最後の質問コーナーで「お金も時間もなく 職員も辞めて行くのにどうやって行けばよいのか…」と疑問を投じた介護職の方がいらした。
確かにモデル事業は お金を得て取り組めたものだ。
でも 成果を作り上げるためにお金では見えない相当の努力をなさった筈だと言う事は 聞いているだけでも理解できたのだけれど…。

お金がなくとも できる事を少しずつ取り組めるヒントがいっぱいあった筈なのになぁ〜とちょっと残念に感じた。

地域作りは 一ヶ所だけ踏ん張っても仕方がない。
思いを持った人達が 連携しその輪を広げていくこと。失敗にもめげないことなんだろうと この所 痛感している。


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