母のタイムスリップ日記
DiaryINDEX|past|will
| 2008年11月05日(水) |
介護者の気持ちは... |
昨夜「これって虐待ですよね」という相談を受けた。 これから どうしようかと迷っての事だった。 話を伺い 施設側にそのことを話してみるように伝えた。 家族の話をどう受け止め どう対処してくれるかで その後に繋がっていくと説明した。
お弁当を作って 母のところに出かけた。 昨日 出しそびれた通信をポストにぽとり。 どうも 毎日 積み残しが多くて…困ったものだ。
前日には「明日は これとこれをこうして...」と考えるのだが 思ったことをきちんと次のステップに乗り出すことが遅れ気味。
先日も友人とその話となって 年齢との関係かしらねという事に落ち着いたのだが...。 昨日 人生の先人達とのお話の中では そういうことがあまり話題にならなかったことを考えると 乗り越えていくコツがあるのかもしれない等と感じたりもする。
自分の周りにおいでになる先人達は 実に賢くあられて教えられてばかりである。
母の施設に着くと 母はソファーに座ってやや不安げの感じ。 おそらく寝不足。 居室に入ると朝から母に関わって戴いたと思われることを感じさせる事が多々あった。 一見 いつもと変わりないように見えるのだが 家族ならではの感じることがある。 時として どういう接し方をしてくださったまで想像できるのである。 説明はなくとも...母が話せなくとも...。 今日の場合は 悪い意味ではない。
こんな事を職員に伝えたら プレッシャーになるだろうと思うので言って見た事もないけれど...。
母の排泄を確認してトイレ誘導。 おなかをマッサージして 排泄に結びつく。 程よい状態で 心配は要らないと感じた。 この時職員がみえ 朝からガスが出て あと少し...という状態だけれど負担にならないところで中断したと話してくださった。 排泄後 薬や乳製品との事であれこれ話して 暫くアロエ 乳製品で対応できそうだという事で一致した。 その際にお隣の居室の方が 家族の希望で入院し数日後に亡くなったと伺った。個人情報なので詳しいお話はなかった。 でも 家族とは時折お話しており 認知症ばかりが原因でないことは 判っていたので 何処かで覚悟なさっていたとはいえ お辛かっただろうと思った。
その後昼食をみんなで一緒に摂った。 施設から昼食を戴いた。 きっと献立で食べられない職員がいたからだろう。 お弁当 少し余ってしまった。 母は最初 飲み込みが悪く時折口を閉じて拒否。 様子をみながら介助していたら 後半は 笑顔が出て良く食べてくれて完食。時間が掛かって 療法士さんが見える直前に終了という状態となってしまった。
リハが始まるとzzzz。 滅多にないことなので 療法士さんも驚かれていた。 やはり 眠りが浅かったのだろう。
リハが終わっても少し寝ていたが 直ぐに目覚めてご機嫌が良かった。 それから 歯磨きと整髪。 今日は きちんと整髪されていたのだが 髪の毛がパラパラ落ちるので 頭皮マッサージをして整髪したのだ。 母は嫌がることはなかった。
今日は午後 話がしたいという方がおり約束していたので ホールに移動して帰る身支度。 どういう訳かそれを察知したように 母の表情が曇る。 職員も以心伝心ですよねと話していらした。 それでも 母の様子を見ながらタイミングを計って そうっと施設を後にした。
約束の場所に向かうとその方はもう見えていた。 「介護者の会に参加すると いつもいつも教えられます」と率直な感想を戴いた。 私自身 介護者の身であり それも介護暦が長い方なのに 会の度に教えられ学ばせて戴いてきている。 同じように感じている人がいるのだなと嬉しくなった。
介護者の会は 教える場所ではないのである。
それから 少し話し込み 何とか会の役に立てればと思っていますという言葉を戴いた。
夜 昨日話しそびれて帰られた方から電話を戴く。 1時間近く話し込む。 気持ちを替える事が出来たようで「暫く何とかなりそうです」と話された。 介護以外の部分での悩みで 介護にも影響して立ち往生なさっていた様子だった。 過去の自分の姿と重なり どんなにか辛いだろうと思った。
|