母のタイムスリップ日記
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2008年07月22日(火) とびっきりの笑顔を貰って…


 母の薬が昨日で切れると言う事だったので 土曜日に家にある薬を一日分届けておいた。

母の所に向かう道すがら「いらつかないこと。自分が悪いのだから…」と繰り返し頭に言い聞かせペダルを漕いだ。

今日は 通院しようと思っており 交通手段を考えると気が重くなるのである。
「体調のよくない時は 薬だけでもいいですよ」と施設長からは言われた。
勿論 原則はそうだが…。
どうも 時折 本来しようと思ってきたことを「仕方ない」と逃げてしまう自分がいると感じている。

施設に着くと母はトイレ誘導中だった。
今朝まで断続的に続いてた「大」もようやく落ち着いて 超ご機嫌になったと職員から報告を受けた。
ただ 足取りは重いということだった。

母の顔を見れば 重い気持ちも吹き飛ぶのだけれど…ついつい思い煩いをしてしまう。
なにせ 託している介護なのだから 人様より楽なのだ…。

トイレの後始末は職員からバトンタッチして 着替えを準備したり始末したり…。
すると母は手すりに手を伸ばして立ち上がる気配。
体に触れないで 手を腰の近くにもって行って様子をみた。
すると自力で立ち上がった。
足取りは不安定だけれど腰に痛みはないということだろう。
久々の自立の立位が出来た。

着替えをして 午前中の診察に間に合うように外に出た。
信号をひとつ待って 通リを横断した。
その間 バスが2台通過。
横断中にタクシーが信号停止した。
「乗りたい」と思ったが 乗車拒否。空車だったのになぁ〜。

タクシーも狙いながらバス停に立っていた。
暫くしてバスが見えた。
「どうか 縁石近くに停車してくれますように…」と運転手さんにお願いのテレパシーを送ったのだが…。微妙な距離があった。
手すりに手が届くようで母は手を伸ばして手すりに掴まった。
それから 足をステップにかけようと伸ばす。
が 先がちょこんとかかる程度。母自身が諦めた。
縁石から 道路に下りてもらって 再度挑戦。
足をステップにかけたので 腰を上に上げるように介助して何とかバスに乗り込めた。久々にセーフ。
降車の時 運転手さんは 縁石のあるところの方へ停車してくれた。
「ありがとうございました♪」とお礼を伝えて降車できた。

さて 次。
バスターミナルなので タクシー乗り場に行けば乗車拒否はない。
でも「大丈夫かも…」との予感がして 次のバスに乗り込んだ。
今日は バスの乗り継ぎはうまくいった。
久々である。

ひとつ「?」と思ったことは 2度目にバスを降りる時 見守ってくださった方が 母は 進行方向に向かってある座席に座らせるべきだと言われた。
心臓に良くないし酔ってしまうから…という理由のようだった。
母の事を思って言ってくれたのだろうけれど…。
バスに乗っている間 母は俯く事が多くてバス酔いしていると思ったのだろう。

進行方向に向かって座ると 座る時も立つ時も狭い上に 手すりに掴まった手を離さなくなり非常に困った事になる。 
だから わざわざ横すわりできる椅子を選んだのだが…。
親切に言って下さった方に説明してもなぁ〜。

バスを降りてスタコラと罹りつけ医のところに向かう。
途中 トイレタイム。
何となく出た後かも…との予感。ばっちりだった。パットを替えて 診療所へ。

暫く待ったが 母は落ち着いていた。
小さな飴を口に運んで ちょっとだけ空腹を凌いだ。
いつもなら 昼食が始まっている時間なので…。

名前を呼ばれて 医師が手を差し伸べて迎えてくれた。
「え〜と 大正5年生まれ…。お〜 顔のつやがいいなぁ〜 これなら 心配なしだよ」それから チョコチョコ診察していただいて「よおし いいぞう!」と。
少し 血圧が高めだけれど 変動の範囲内と言うことで…。

薬局で薬を戴き 迷わずお蕎麦屋さんに入った。
天麩羅定食と冷やしとろろ蕎麦。
天麩羅もとろろも母は好きだから どっちがどっちを食べてもいいのだから…。

とろろ蕎麦は 蕎麦を口まで運ぶと母は入れ歯で蕎麦を噛み切っていた。
これが出来れば上出来ではないか!
茹でたてで 細い麺なのできっと噛み切りやすいのだろう。
それにとろろでするっと入っていく。
海老天を食べやすい大きさに切り口に運んだら 久々の笑顔が零れた。
最近 ここまでおいしそうに食べる姿にお目にかかっていない。
桃だってにっこりする程度だった。
海老2本 さすがに尻尾のほうは無理だったけれど…。
ピーマンもにっこり。
揚げたての美味しさが判っている。
ご飯にもとろろをかけて食べてもらう。
今日は こちらもワクワクするほどの喜びようである。

お店の人が「そこはエアコンがきついですからこちらでどうぞ!」と入り口近くの客に話していた。
背を向けていたので どうしてそう言われたのか判らなかった。
「食べ物は こちらで運びます」とも言っていた。
暫くして われわれの横を通って奥の席に移動なさった。
高齢のご夫婦だった。
が ご主人 移動したものの席に着けない。
椅子を持ちながら「どう座るんだ」と言われる。
ごくごく普通の4人掛けのテーブルである。
奥様が立ち上がって座らせようとしても「判らない どうすんだ」と機嫌が悪くなっていく。
並んだ椅子の片方を引いてある椅子の後ろに運んで座ろうとなさっていた。
余計な事かも…と思いながら 引いてある椅子を空いている方にサッと移動させた。そして 持っている椅子を後方に引いて座って戴き ちょこっと椅子を前に移動しお膳の前にぴったり。
「ごめんなさいね」と一言断り 母の所に戻った。

「認知症ですか」と喉まででかかったが 万が一まだ診察を受けていないとしたら…と思い余計な話はしなかった。
お食事は自立なさっており私たちより先に店を出られた。
帰り際 奥様が黙礼なさり笑顔を見せてくれた。
良かった出すぎじゃなかったんだ!

私たちは のんびりと食べてゆっくりと店を出た。

その後 ミスドに入って ゼリーとアイスコーヒーで更に水分摂取。
外食で全介助は目を引く。
母にとってどうなのだろうと思うのだが 美味しい顔をするからそれでいいかと考える事にした。
視線を気にした時だけ 母に踏ん張ってもらえばいいかな。

さて 帰路に着く前にトイレ誘導。
ここでは セーフ。

それから タクシー乗り場へとことこ。
日差しが強く 日陰から出たがらない母。
気の済むまでポールに掴まって立っていてもらった。

そうそう 「オッ!」と思ったことが2回あった。
一回目は バスを降りて 診療所に着いた時「足が痛い」と言った事。
すねやら膝やら大腿部をマッサージしてあげていたら 私の腕を撫でながら頭を下げたこと。
2回目は 薬局で処方箋を出して戻ったら「助かりました」と頭を下げた。

母を見ていて 一連の行動を何処まで理解できているのだろうかと気になる。
今日は 明らかに理解できていた。
頭がすっきりとしている日なのだろう。
職員は「覚醒してます」と表現するけれど あまり好きな表現ではない。

タクシーの乗り降りは 少し難儀したけれど…。
運転手さんの穏やかな表情に助けられた。
何も言わなくとも見守って下さっていると視線で感じた。

小半日 母には いろいろの動きを強いた。
足元がおぼつかない感じだったけれど 施設に戻ってみればピンシャン。
歩行も安定していた。
戻ってから 施設内を歩行する余力も残っていた。
他の方が羨むほど…。
「私も歩きたい…」と車椅子の方が言っていた。
手助けしようと思ったけれど 転倒骨折なさって長い期間入院なさっていた事を考えると勝手にしてはいけないと思ってしまう。
もし 母だったら きっと歩かせているだろう…。

「いらつかないこと」という戒め…効力あったかなぁ〜。
天麩羅を食べた時の笑顔を貰って 暫くは気力維持できるかも…。


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