母のタイムスリップ日記
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2008年05月03日(土) 大丈夫そうかな


施設から連絡がないまま 夜が明けた。
特に変化はなかったのだろうと思い 胸をなでおろした。

「そばにいて欲しい」という視線を感じていたので 後ろめたさが強かったのだ。

午前中の内に母の所に向かった。
ホールに母の姿は見えず 瞬間ドキッとしたが居室から職員の声が聞こえてトイレ誘導中とわかって気持ちが緩んだ。

トイレの誘導は職員とバトンタッチ。
朝食も準備したものを食べたと言う事で一安心。

まだ 少し腹痛がある様子だった。
それでも トイレで手遊び等をしていたら 時折笑顔が出てきた。

トイレを出て居室の椅子に座わって貰い 手足の爪切りをした。
母の手を取った時 爪切りを見て手を引っ込めてしまいそうになった。
「爪が伸びたね。危ないから切りましょう」と言ったら 手を出してくれた。
そうっと切り「痛い?」と聞いたら首を横に振った。
「良かった」と伝えて 更に次の爪を切った。
順繰りに足の爪まで切った。

その後 足を良く拭いて薬を塗った。
これから夏に向かい 水虫が悪化しないようにしなければならないから…。
母は 足の指先に触れられると嫌がる。
おそらく痛いのである。「そうっとね」と母が要求した。
「うん ちょっとだけ 我慢してね」と伝えたら 小さく頷いた。
酷く嫌がる事もなく終えた。

母の隣に座って「お母さんの娘で嬉しい。ありがとうね」と言ったら 母の目がウルウルとし頷いた。

初期に そう伝えた時には「そうだったね。ありがとう」と言っていた。
初期の終わりごろには「娘じゃないです」と言われた。
中期にかけては「娘ではないのに 勿体無いことです」と言われた。
そして 最近 娘と言う事を否定しない。
若しかしたら 「娘」と言う事はどうでも良くて「ありがとう」と言う言葉に反応しただけのことなのかも知れない。
でも 最近 娘ということを理解できているような気がしてならない。
こういった事は 医学では どういう説明になるのだろうかと時々思う。

暫くすると 昼食となった。
母の食事介助。
昨日 夕食に「ふき」は出なかったようだ。
今日は 職員にお願いして 出してもらった。
みんなが「おいしい」と言って 食べてくださった。
特に「食べたいな」と言った方は「わざわざ作ってくれて…嬉しい」と言われたので 「買った訳でないし ちゃちゃと作っただけだから気にしないでください。喜んで戴けて こちらも嬉しい」と伝えた。

昨日「刻んで出しますから」と言ってくれたのだけれど「刻まなくても大丈夫」という確信があった。
でも余計な事は言わないで置いた。
今日は 刻まないで出してくださった。
蕗の葉も調理して持っていったのだが 両方とも普段刻みの方も食べられた。 噎せたり 食べにくそうな事もなかった。

刻み食って 何から何まで刻む必要はないと感じている。
ただ 材料別に配慮するまでの職員の手間を考えるとそういうことは言い出せない。職員だって いろんな仕事があるのだろうから…。
でも ちょっとした気配りで「これは刻まなくても大丈夫ね」と対応して貰っているのを見かけると入所者の変わりに「ありがとう」と思ってしまう。
家族って 自分の家族でなくともそういう気持ちになって嬉しくなるものである。
これは 私だけの思いだけでない。 
他のご家族と接して耳にすることである。

さて 今日は 夫もお休みと言う事で 家の昼食もあるので 食後トイレ誘導して歯磨きを済ませて そうっと施設を後にした。
家には 食材を準備して出てきたのだが ちゃんと自力で食べていた。
私の分まで作っていてくれた。「感謝」


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