母のタイムスリップ日記
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| 2007年10月01日(月) |
気をつけなくちゃね。 |
深夜の地震 寝入りばなで「あ 揺れてるな」と思いながら起きる気力も起きなかった。 勿論 眠くて母の事も思い出したりもしなかった。薄情だなぁ〜。
朝は ポツリポツリと雨が降っていたが 菜園に出た。 草取りと苗を植えた。 キャベツが青虫に食べられていて無残な姿になっていた。 青虫を取り除いたけれど...大丈夫かな? 先日 お隣の畑の方が「レースみたいになっても丸まってくるよ」と言っていたので それを信じることにしようっと♪
ゴーヤもまだ摂れた。 空芯菜も元気。 紫蘇も実をつけていた。
それらを収穫して 家では食べきれないので近くのグループホームに届けた。先日 届けて召し上がれたかとお聞きしたら「みんなで調理して食べました。ありがとうございました」という事だったので 空芯菜とゴーヤを差し上げた。 まだ 新しい施設なので 皆さんお元気である。
家に戻って昼食を摂ってから 母の所に向かった。 昨夜 母の薬が切れる頃と思った。 今朝 施設に電話で確認した。 5日まではあるという事だったが こちらの予定が目白押しで体調が悪かったらアウトになるし...。 それに 排便もまだと言うので その用もあった。
母は 相変わらず気持ちが下降気味。 トイレに誘導して暫く踏ん張ってもらう。 奮闘してもらったが 母は泣くばかり。 感情失禁と言う訳でなく 明らかに何かがあるのだ。 でも それが何なのかが掴めない。 母も辛いだろうし こちらも判断できずにどうすれば良いのか悩ましかった。
あきらめかけた時 泣き声と共に出ました。 でも 母はまだ泣いている。 まだ 残っているのかとも思うが...。 それ以上は無理だった。
着替えをして 通院。 今日は娘 会社の設立記念日でお休み。 で 娘が来てくれて車で通院。 これで 降車拒否が出ても慌てずに済む。 バスにしろ タクシーにしろ 頑として降りようとしなくなる時がある。 母の気持ちに沿ってあげたい所だけれど そうもいかない。
今日も降車拒否があった。娘が対応してくれた。 駐車場から近道で階段を使うことにした。 母が嫌がるのは目に見えていた。 でも 階段て結構リハビリになると感じている。 (アッ これは 不安に思う人は止めてくださいね) 最初から下りだったので 母はオロオロ。 1度は 背負って降りようかと思ったほど。 手すりに掴まれたのを機に 1歩降りたら次の1歩と進めた。 勿論 転ばぬように母の身体は支えている。 バランスを崩さないように支えが中心。 踊り場で一休みしてもうひと頑張り。 次に半分の上りの階段でひとまず終了。 テクテク歩いて建物の中へ。 また 階段利用。 今度はのぼりだけで 広い階段なので母は安定して上れた。
ようやく診療所に着いた。 混雑を予測して娘に先に診察券を出してもらった。 ところが 待っている間に診療して貰った患者さんが救急搬送となり担架でおむかえが入った。 そのせいか 母が不穏になった。
救急搬送の後母が呼ばれて診察室へ。 今日は 娘も風邪っぽいので一緒に診察室に入った。 母の血圧は高かった。 原因が判らないけれどこの2日間不穏である事を告げた。 医師は丁寧に母の様子を診察してくれた。 血圧高めも 心配ないという事だった。 便が残っている可能性もあるという事だった。
診察を終えて 薬局で薬を処方してもらって 階段を下りた。 その足で ちょっと珈琲飲みに立ち寄った。母にはプリンと珈琲。 美味しそうだった。 外のテーブルにいたら 鳩が群れて飛び立つのを見上げて 私にも見ろというポーズ。「沢山の鳩だね」と言うと頷いていた。
実は今日の母 昨日と同じように言葉が出ない。 言いかけては 違う言葉がでて考え込んでしまう風だった。 哀しいというよりも「何故 出ない」と言うような表情だった。
機嫌は相変わらず良くない。 トイレ誘導も出来ていないのでそれも一因かもしれない。
施設の食事時間が気になったが 今日は勘弁してもらおうと覚悟を決めた。 皆の食事が終わる頃に施設に着いた。
着替えて トイレ誘導して 手を洗ってからテーブルに着いた。 これで帰ったら 人出不足なので他の方に迷惑がかかると思い 食事介助。 お腹が満たされる頃には 笑顔が戻っていた。 娘は 購入したてのカメラで母を連写していた。
しかめっ面と笑顔とクルクル変わる母の表情を収めていた。 「おばあちゃん これからが魔の季節だから...」と呟く娘。 確かに秋への季節の変わり目から変化が起きること多いんだよね。 気をつけなくちゃね。 医師も季節の変わり目からかなって言っていた。
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