母のタイムスリップ日記
DiaryINDEX|past|will
| 2007年07月16日(月) |
台風 地震 思い出すこと |
台風・地震と災害が続いて 被災地の方にお見舞い申し上げます。 特に避難所で過ごされている方 疲労や困難が起きていないかと気がかりです。ネット環境もないのかもしれないと思うと心配です。
ニュースを聞きながら 在宅の頃の母を思い出してしまった。 日記を書き出した頃に一度書いているのだが...。
台風が接近すると テレビで情報を得ていた。 母は テレビに映し出される様子をじっと見て その後 決まって「洪水とかになったら 私は 年寄りだから 放置していってね。あなたたちは まだ若いのだから 年寄りのことまで考えなくて良いから」と言うのだった。 台風に限らず 地震の時もそういうのだった。
でも その頃は マンションの9階に住んでおり どうあっても水浸しになることや流される心配なんてなかったのだ。
そういえば 子供の頃 父が出張や泊まりで居ない日(年に数回)は 枕元に着替えと紐を置いていた。 台風が来る時も 同じようにしていた。 あの頃は 停電もあったので ろうそくやら水やらも準備していたと記憶している。 停電は 台風でなくとも起きた時代だが...。
子供の頃住んでいた家のそばには 川もなくて...。 家だって まだ新しかった。 弟達は不安がって 母の腕と自分の腕とを紐で繋いで安心を得ていた。 私は 子供ながらに そんなに用心深くなくとも良いのになぁ〜と感じたものだった。 でも母は その時も真剣なまなざしだったし 認知症になってからも真剣だった。
普段の生活で「今 〇△さんが また来ていたのに...」と怖がったり「家に帰ります」と言ってみたりの日々で自分中心で他の人の心配なんてあまり気にしなくなっていたのだが...台風や地震の時には 妙に私たちの事を気にかけてくれたものだった。
寝室の片付けをしていたら 母向けに書いたメモが2枚出てきた。 早朝覚醒しても まだ寝ているように...という事を書いたメモだった。
そこには 3つの事が書いてあった。
ここは 〇〇の家ですから 安心してください。
みんな 夜遅くに寝たので 目が覚めてもお布団の中でじっとしていてください。
〇さんが 迎えに来るのは 1週間後ですので それまでは どうぞゆっくり過ごされてください。
このメモは 何年も続いていた。 毎日 文言を変えていた。 今でこそ 母の隣に寝ているが その頃は「夜位は家族に迷惑をかけないでね」という私の意思表示だった。
メモはあっても 読む時もあれば読まない時もある。 読んでも忘れてしまう時もあった。 目覚めてゴソゴソしている時には 起きていってメモを読んで貰ったこともある。 ある時には メモをぐしゃぐしゃに丸めていた時もあった。 そういう時は「そうまでしなくともわかっている」と抗議の意味を感じた。
今 考えれば 隣に眠ってあげれば 起きる事もなく眠っていただろうに...と思うが あの頃は 昼は目いっぱいそばにいたので ゆったりしたかったのだ。
暗いと不安がるので常夜灯をつけ 雨戸も一枚は開けておいて 外が白み始めたら部屋も明るくなるようにしておいた。 明るくなると置き出して外の景色を見て 安心してまた眠る母だった。
今の母は トイレの時に目覚めるくらいで 途中起き出す事はなくて 具合が悪い時は「おかちゃん」と幾度も呼ぶ。 その都度「はい」と返事をして「もう少し眠ろうね」と声掛けして手をギュッと握ってあげていると 其のうちまた眠ってしまうのだ。
眠れない夜の恐怖は なくなっている。 随分と共に歩んで来たんだなぁ〜と感じた。 まだ 暫くは続くだろう母との日々 ちょっとは ましな娘になったかしら?
|