母のタイムスリップ日記
DiaryINDEX|past|will
利用者さん訪問。 チャイムを押して 挨拶をすると「はぁ〜い」と松葉杖を突きながら利用者さんが迎えてくださった。 「わぁ〜い。大分歩くのが安定してきましたね」と声をかけると「そうなのよ。お医者さんも驚いていたの。じっとしてるのは 生に合わないの」と言われた。
「お風呂は お湯が溜まっていますか?」と聞くと「あのね 準備すると貴女の仕事がなくなるからしないでおいたわ」という事だった。 つまり 私の活動に対しての報酬が減って迷惑がかかると思われての事だ。 こちらの考えとズレがある。 元気になって必要としないならそれに越したことは ないのだけれど…。
そのことをきちんと説明したがわかって貰えたかどうかは疑問が残る。
入浴は ドアを閉じて1人でなさった。 上がった時に 腰掛けて体が拭けるように椅子を準備して差し上げる。
その間に 洗濯機を廻しながら トイレ掃除やポータブルトイレの始末と掃除。 キッチン リビング 寝室 玄関の掃除をした。 今日は その他に ベランダの縁台の掃除を頼まれた。 縁台を拭いて ついでに網戸やサッシ戸のガラスを磨く。
今日の活動時間は 1時間で収まった。 また 「短い時間で…」と気になさるので「これから用事があるので短い方が助かります」と申し出て 活動を終わらせていただく。
来週に「ヘルパーさんと有償ボランティアと利用してみて…」という発表をご夫婦でなさるそうだ。「ボランティアはヘルパーさんのように 厳しい制限はないが 時間内に取り組める事は人に拠って多少違うから 私を基準になさらないで下さい」と御願いした。 人には それぞれ個性があるので 得意不得意のことがあるから。
利用者さんは 十分承知していてくださったので安心した。 きっと 事業所でもその事は伝えてくれたのだろう。
活動を終えた足で フリーマーケットの場所へと向かった。 バスのアクセスが悪く 結局 1時間近くかかってしまった。 会員の方が 自主的に取り組んで開いてくれた。 全てお任せのフリーマーケット。 会のチラシも作ってくれていたし介護のホットペーパーも並べてくれていた。 荷物運びも半端じゃなかったと思う。 ほんとにありがたい。 会員の中には 病院や入所中の家族もいて 広報活動は個々にしてくれている。 誘われて会に足を運ぶようになった方もいる。 みんなの力で ここまで広がってきている。
マーケットを開いてくださった方の知り合いが見え 購入してくださった。 通りがかりの方も手芸品に興味をもたれて足を止められていた。
ヘルパーをなさっている方が 足を止められた。 「へぇ〜 こういう会あるのですね」 「はい」 「利用者さんに知らせてあげたいわ。きっと助かると思う。そういう会の所だったら 買わなくちゃね」と介護の合間に作られた手芸品を買い上げてくださった。
NPO協会がこのフリマを取材したいと言われてた。 地元のテレビ局へ持ち込むデモ版を作るためと言う。 カメラを回すのもNPOの映像制作をなさる方。 このNPOの方は まだ学生さん。 一昨年 ある財団の助成金を受けるためのプレゼン会場に出向いた時 出遭ったことがあり同じ地域に住む方だと知った。
将来 テレビ局を立ち上げNPOで生活の基盤を作りたいと熱く語っていたのだった。 その後も地域で時折 カメラを回している姿に出遭った。 数年前と比べて 風格が出てきたなと感じた。 「これでやっていく」と気持ちが固まってきているように感じた。 来月には 介護者の会に来て またカメラを回す予定だ。
母の所に行くので フリマを後にした。 歩き出しているうちに 過去の事を思い出す風景に出会った。 娘がまだよちよち歩きの頃 ここに来た事。 友人と歩いた事。 子供の急な発熱でこの近くの小児科に車を飛ばした事。 最後に出向いた時から 16.7年近く経過している。
施設の前に着いた時 隣の中華料理のお店の店主に「だんなさん来ているよ」と言われた。 みると夫の車があった。知り合いのお店に顔を出しているのだろう。 ちょこっと立ち寄って 話しこむ。
それから 母の所に行った。 母は おやつを食べていた 自分の昼食を摂る時間がなかったので 居室で一緒に食べることにした。 おにぎり1個を渡すと自分で食べていた。小さいので食べやすそうだった。 お茶とお水を飲んでもらう。
浮かぬ顔なので「どうした。お腹痛い?」と聞くと「少しだけ」と言っていた。 トイレに誘導した。
手を洗って 口を濯ぎ ホールへと移動した。 暫くして 母が落ち着いている所で施設を後にした。
|