母のタイムスリップ日記
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2007年02月03日(土) 節分なんですよね


今朝は グッと冷え込み 布団から抜け出すのが億劫だった。
洗濯しながら お弁当を作って夫を送り出す。

母の所に おにぎりを作って出かけた。
排便はこの間 なかったという事。今朝はご機嫌という事で「今日当たりだなぁ〜」と言う予感がした。
職員にもその旨を告げた。

その前に 母の居室の整理。
一昨昨日 清掃日だったので 物が移動しているから。
それから 母のコートも移動していた。
職員に「お散歩出ましたか?」と聞いたが「出てないと思う」と言われた。
そういえば お散歩から戻って其の儘違うフロアに入ったのだった。
今 思い出したわ。全く 気付くのが遅いなぁ〜。

昼食は みんなと同じテーブルで食べた。
珍しく 今日の施設のご飯メッコ飯(半煮え)
折角の炊き込みご飯だったのに残念。
母には 持参したおにぎりを食べさせた。
半介助で 何とか食べきる。それでも 食べ終えるのは1番ビリ...。
嫌がる事はないのだけれど...。

その後トイレ誘導。
ちょっと踏ん張ってもらって 用を足せた。これでちょこっと安心できる。
やや固めなので 薬はいつも通りにとお願いした。

暫く 部屋で遊ぶ。
先日 百人一首の文庫本を購入した。
施設で百人一首をする事はめっきりなくなった。
母も脳出血や骨折と言うアクシデントを繰り返すうちに 読むことも難しくなってきており 無理かも知れないとは思った。
でも 本なら人との競争ではないので 何かをゆっくりと思い出せるかも知れないと思ったのだ。
本を開いた時 母が身を乗り出して表情を緩めた。
母の好きな詩は...とページをめくって 上の句を読んでみる。
母は 声を出していた。
正確さには欠けるが でもかなり近い。
幾度か 読んであげてみた。
結構食いついてきた。
やはり 無駄ではなかった。

言葉を失いつつある今 何か方策はないかと考えていたのだった。
最近は 本を選ぶと言う時間が勿体無くて 大分ご無沙汰だった。
先日 打ち合わせで待ち合わせた建物に本屋があったので 時間調整で久しぶりに立ち寄ることができた。

ほんとは 自分の読む本を選ぶつもりだったのだが ついつい母の事が優先となってしまう。

でも 母の反応が良ければ それで良かったのだと思う。

その後 ホールに出て続きをやった。
読みあげれば 母よりついて来れる人は 他にもお出でだから...。
案の定 楽しげに下の句を読む人がいた。
この人には もう少し こういうレクをしてあげれば 良いのだけれど...。

その後 カレンダーで作ったパズルを出してあげた。
母には 絵合わせだって無理。
でもできる人もいる。
5種類のパズルを知恵を合わせて仕上げた。

これは 家にいる頃 母と作ったパズルである。
確か 要介護3の頃だろう...。
姪っ子が デイでこんな風に作って見たのよと教えてくれた物である。
作る作業もリハビリになるし 仕上がってからも遊べるし一石二鳥だったのだ。もっとも 作る時 ちょっと母の抵抗にあって苦心したのだけれど...。
それでも 仕上がってからは 時折出しては 今日のように一緒に遊んでいたのだ。

同じ場所にいても パズルには全く興味を示さない人もいる。
それでも 知恵を合わせている場所にいてニコニコと見守っていた。

ひと遊びした後 節分の行事が始まった。
3ユニットを2組に分けて 豆まき。
職員が鬼になって 入所者が豆まき。
鬼の面を被った職員に母は憮然とした表情になった。
そういえば 母は認知症になってから 鬼になることを嫌がった。
鬼の面を見る事は嫌じゃないようなのだが 面を被った人を見るのは嫌がっていたような気がする。
だから 面を被らずに豆まきをしていたと記憶している。
昔 家でやる時だって 鬼の面なんて被りはしなかったからなぁ〜。

豆の入った箱をもらった時 母が1番最初にした事は...。
豆を3粒手に持って 口に運んでいた。
鬼の面を見ても 職員が節分と説明しても理解できなかったのだ。
だから 豆を撒くこともなかった。
哀しいけれど これが現実。

その後 恵方まきを頂く。
とは言っても 小さく切り分けたものなのだけれど...。
「こっち向いて食べてね」と判り易いように恵方の方角に立ってあげた。
入所者の人の中には 節分 恵方まきを理解できる人もいるから...。

夕刻になったので 施設を後にして 我が家の恵方巻きを作った。
今年は5本巻いた。
誰も帰って来ないので 大きな口を空けて小さな声で「福はうち 鬼はそと!」家中に熱々の豆を撒いて廻った。
柊の枝に鰯の頭を刺して門前に縛った。
それから 誰にも邪魔されずに恵方巻きを黙って恵方を向いて一気に食べた。


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