母のタイムスリップ日記
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2007年01月29日(月) 共に歩む道


認知症になると記憶が留まらない。
「買い物に行くよ」と言う言葉掛けに 出る時は嬉しそうにしていても 外出した途端 他の気になることが出ると「買い物のための外出」という事もすっかり忘れてしまう。
それが 例え本人が楽しみにしていた買い物であっても...。

初期の頃は 記憶が残っている時も多いが 母のように重くなって来ると玄関までの移動の間に記憶が抜けてしまう。
だから「買い物に行くんだったね」と確認するように声をかける。
それでも 「通りで人とすれ違う」「怖い顔をしている」「自分を見ている」そんな 普段起こりえる出来事の中で 何かを感じてしまうとその思いだけが頭を占領してしまうようにみえる。

トイレで汚い行為をした時 母は気持ちが悪いからした行為と理解できる。
そういう時「ばい菌いっぱいだよ 綺麗にしよう」と声をかけて綺麗に拭いてあげると母は頷く。言葉は出さなくとも 判っているんだなと感じる。

始めの頃は「何をしているのよ」という視線で見てしまっていた。
勿論 行為そのもを怒ったりはしないのだけれど。
でも その表情から私の気持ちを察してしまい不穏になっていた母。

認知症になって 記憶する機能が壊れてしまっても プライドは以前の儘。
言葉が話せなくとも 聴こえている。
「自分の事を言われている」という事も判っている。

こちらの思惑通りに動けないし話せないだけの事だけのことなんだけれど そこを飲み込めるようになるまでは 随分の年月を経てしまった。

「判らない事は何ですか?」「出来ない事は何ですか?」「何をしたいのですか?」「私で役に立てますか?」そういう事を 母の発する言葉の端々から感じ取り 表情を読み取っていくのが私の役目と自分にいい聞かせる日々。

「忘れてしまう部分は 出来る限りこちらが覚えているからね」と母に約束したのは10年以上前の事である。母の記憶に残っては居ないだろう。
でも 私が覚えているからね♪
母の希望をどれほど汲み取っているか...それは 判らない。
足りない所は 育てて貰った通りの娘だから 諦めてくんなまし♪

認知症の介護をした先輩達もも 同じ道を辿って来た筈。
その人たちの知恵に学び また 新たな介護仲間からも学び その時々にあった介護を手探りしながら 母と共に歩んで行くんだろうな。

母を支えてくれる人 私を支えてくれる人 そういう人たちと共に歩んでいくんだろうな。


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