母のタイムスリップ日記
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2007年01月25日(木) ある電話で

今朝 TBSの森本毅郎のスタンバイで 新聞の死亡の告知の事が話題になっていた。私も目に留まって記憶に残っていた告知だった。
亡くなったご本人が書き残した物だった。
どういう人かと気になってもいた。
文面から 天文学に関係なさった方ではないかと想像していた。
ラジオの説明で聞いて 天文学において著名な方と知った。
知らない方ではあっても 目に留まり訴えかけてくるものがあった。
これが 自分に関る人だったら...。

先週 久しぶりに高校時代の友人から電話があった。
とても沈んだ声に 一緒に暮らしておいでのお父様に何かあったかと瞬間思った。
それでも 直ぐに聞くには忍びなくて 年賀状に写っていたお孫さんの事を聞いてみた。
一人っ子さんを 離れた地の大学に進学させて 其の儘 離れた地に嫁がれた。今は 身軽な彼女がお孫さんの所に出かけて 人見知りで泣かれているなんてお話を伺った。

「あのね マメがね 今日 死んでしまったわ」とポツリと言われた。
マメとは 高校の同級生である。
「ミス〇△」になった彼女は とても綺麗な方だった。
高校時代に 彼女に思いを寄せる男子が大勢いたことを私は知っている。
根が生真面目で ちょっととぼけたキャラクターで お兄ちゃん大好きの彼女。同級生で帰る方向も同じだったので 時折おしゃべりする事はあった。

電話してきた友人は 高校時代からずっと仲良しだった。
結婚しても仲良しは続いていたようで 彼女と会うたびにマメが元気にしていると間接的に教えて貰っていた。

友人が何故彼女の事を話してくれたかなぁ〜と記憶を遡ってみると...。
大好きなお兄ちゃんとの関係が悪化して お父様やお母様の所に通われて介護をなさっていたからだ。
友人は 兄弟関係が悪化する事はなかったが お母様の介護で悩んでいらしたので 親の介護と言う共通基盤があったからだった。

病や介護事情は それぞれ違ったが...。
それでも 間接的にしろ知っている人が介護の悩みを持っているという事で自分だけではないと言う思いを強くしていた事は否めない。

ガンと判って3年目。
亡くなる2週間前に 大切にしていた布を彼女に送ってきたそうだ。
「もう 作る事もないでしょうから...」と。
そういえば 手の良く効く方だった。

いろんなお話をして彼女を偲んだ。

時折 友人から電話が来るとお友達が亡くなった時というのが増えてきた。
今の環境の友人に話したとしてもその存在を共有できないから 知っている人と話したくなるのだろうと思う。
子育ても終わり これから自由に出会えると言う機会が絶たれた寂しさが電話になったと思う。
メール環境もあるのだけれど 電話と言う手段を選ばれるという事も皆に共通している。

「いつか会えるかも...」と言う気持ちが私にもあった。
でも もうその機会はなくなった。
私の仲良くしている級友たちには まだ知らせてはいない。
どうしようかと思うが...。
次に出会う時に...と思っている。

電話を切って お父さんじゃなくて良かったと思いながらも ずしりとした思いになった。

でも 「マメらしく...」と考える事にしよう。
友人とも「マメらしいね...」と偲んだ。
いいよね マメ そう思っても...。


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