母のタイムスリップ日記
DiaryINDEXpastwill


2006年12月08日(金) 格闘


 通院のため午前中に母の所に出向く。
母は とってもご機嫌。
排便は4日目。今朝も便秘薬を服用したという事だった。
職員は 便秘薬を多めに頂いてくださいと言われた。
施設には 昼食不用と届け出た。

バスを乗り継いで罹り付け医のところに出かけた。
程なく診察。
特に大きな変化もなかった。 
薬を頂き 何処で食事をしようと考えて迷った挙句 家に向かう事にした。
バスを乗り継いで家に戻る。
 
家では 鳥そばを食べてもらう。
昨日の残りだが 鶏がらとかつをと昆布でだしをとったものなので一応美味しい。それに故郷の美味しいそばなので...。
食べながら「お父さんが 大好きな鳥そばだよね」と言うとコックリ。
刻み長いもも「お父さんの好物だよね」と言うとコックリ。
今日は割りに思い出せる日のようである。
食事を終えて2時近く。
これから施設に戻ると直ぐに夕食だなぁ〜。
排便もまだだしなぁ〜。

結論の出ないまま トイレ誘導。
母は幾度かいきんで排出できた。
まだ足りない筈。

おやつに果物を2個。
お茶と珈琲を飲んでもらう。
それからちょこっと近所をお散歩。

やっぱり 今日は我が家にお泊りにしようっと。
施設に電話を数回入れたが忙しいのか 誰も出なかった。
仕方ないので ファクシミリ送信。

キッチンに立つと暫くして「私もする」と母が言いだす。
「?最近 出来ないけれど 大丈夫?」と思ったがキッチンに入るとニコニコ。あまりに良い顔なので布巾を洗って貰った。
少しふらつきが見られるので後ろに椅子を引っぱってきて置いた。
何時転んでもいいように...。
2枚ほど洗うと疲れたようで腰を屈めだした。
「疲れた?休もうか?」「うん あっちに行く」
こう書くと「喋るんだ」と思われるかも知れないが 今日のような反応は非常に珍しいのだ。

「何食べたいの?お肉?お魚?」と聞くが「判らない」と言うことだった。
そういえば 今日は「判らない」と言う事が多かった。
いわれている事が判らないのか?といった感じだった。

夕食は7時過ぎ。
お通じに良い物を選んだ献立。
ほうれん草のお浸し。豆腐ときのこの煮物。こぶの佃煮。焼肉。味噌汁は関東菜がいっぱい入ったもの。大根葉とのジャコ飯。長いものサラダ。
たっぷり食べた。
母が一番先に箸を運んだのはやっぱりお肉だった。

8時前に食事終了。
お茶を飲んだり果物を食べて 休息してからトイレ誘導。

ここからが考えもしない格闘の始まりだった。
トイレ誘導後 入浴した。
最悪排便があっても大丈夫なように新聞 ビニール袋 トイレットペーパーは浴室の入り口に置いた。
今日は お風呂はすんなり入れた。
身体は浴槽で洗ったし洗髪も浴槽で...酷く嫌がる事も問題はなかった。
始まりは 浴槽を出て脱衣室に移ろうとする時だった。
母はその場に急にしゃがみこんだ。
貧血でも起してしまったかと思ったが そうではなかった。
脱衣室には古いシーツを引いた椅子を置いておいた。
そこに落ち着いた時 オムツパンツを忘れた事にきがついて取りに行って戻ってみるとシーツに排泄。
母もオタオタ。状況が理解できるのである。
「良かったよ。出て嬉しいよ。やったね」と母が落ち込まないようにニコニコ笑顔を作った。
釣られて母も笑顔。
新聞を敷いて浴室に逆戻り お尻を洗い流して パンツをはかせてトイレへ移動。かなり緩めだったので お風呂を上がってから全て終わるまで2時間。
最中に夫や娘も帰宅。
お腹も空いているだろうに...取り込み中でとても支度等出来なかった。

格闘中は私も濡れた洋服のまま。
見かねた娘が「見てるから着替えてきて」
着替えを済ませて戻ると「おばあちゃんの頭ぬれて寒そう」とドライヤーをもってトイレへ。
そのすきに手洗いを済ませて夫のお茶の準備。

母を布団に寝かせたのは 10時を廻っていた。
幸い 母は終始ニコニコで助かった。

実は今日我が家にお泊りにさせたのは 便秘薬の服用を出来る限り避けたいと願ってのことだったのだ。
だから 延々の格闘の末は 泊めて良かったという事になる。

数日前 友人からのメールで便秘薬が腎機能に悪影響という自身の血液検査のデータを知らせてきた。
「1回1錠までなら 影響はない」という事だった。
友人は 浮腫みがかなり強くなったと言う事だったのだ。

母の足をみるとやはり浮腫みが出てきていた。
施設に戻れば 間違いなく服用がある。
迷惑はかけられないので 施設では仕方がない。

便秘薬を使わないでも出るという事をどうしても確かめておきたかったのだ。だから 本当に良かった。

母は 今もzzzzと眠っている。



はな |MAILHomePage

My追加