母のタイムスリップ日記
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2006年12月06日(水) 誰かボランティアで...発明してくれないかなぁ〜?


リハビリの日なので母の所に出向く。
母は昼食介助を受けていた。
「今朝はよく召し上がりましたよ」
機嫌は悪くなく 介助で全量食べた。
ご飯はもう少し食べられそうだったので持参したおにぎりを分けた。
キンピラを上げたが少し固いようでかめない様子。

食後 トイレ誘導しカランコロンと3個。
職員にこの2日の排便を確認したら出てないという事だった。
後は無理をしないで 療法士さんを待った。
リハの間 かなり深く眠っていた。

ここまでは母の発語は少なく 意味もよく判らなかった。

リハ終了後 持参した果物を食べてもらう。
自分で食べようとするのはいつも通り。
水分を補給しながら 蒸かし芋を食べてもらう。
これも自力で食べていた。
「貴女も食べなさい」と母。

それから腹ごなしにお散歩。
鏡をみて髪を整え 身なりも気にしていた。

外に出て クリスマスソングメドレー。
一小節ごとに母は歌った。
終わった時「上手ねぇ〜」と声を掛けたら「そういう事は無いと思う」と言う。「いや 上手だったよ。嬉しいわ!」と言うと「うん」と頷いていた。

公園で小山を上ると「こんなに...」と言っていた。
ドラックストアでキダチアロエの飲み物が安くなっていたので購入。
施設においてあるものは 残量が半分を切った。
ドラックストアの中で母の機嫌が少し悪くなり 母の意思で歩きたがった。
心持尊重しながら こちらにあわせて貰った。
レジで購入した物を渡されたのに それをレジの人に返そうとしたり...。
お店も混雑してなかったので 交流と思って母の意志通りにして貰った。

お店を出てコンビニによってお菓子を購入。

施設に戻ったらおやつが始まっていた。
母はトイレ誘導があるので ちょっと遅れ居室にて戴く事にした。
踏ん張ってみてもコロンと1個だけ。
でも「落ちた」と母が言った。
暫く1人トイレにいてもらい 行ったり来たりしていたら「貴女も大変ねぇ〜」と声をかけてきた。「〇チャンのためならエンヤコラだわ」と言うとコックリと頭を下げた。
「貴女といっしょ...!」と母は言った。
痒い所を理解して貰える生活を望んでいると感じた。

母自身に排出したいと言う意思があるのだと判る。
でもいきんでもまだ出そうもなくて いろいろ挑戦してみたけれど諦めた。

その後ゆっくりおやつを食べてもらう。

程なくして夕食だった。
4時半少し過ぎたばかりである。
考えれば 昼食後 食べてばかりである。
最近 夕食早すぎ。

食べるのに時間がかかるだろうと思い 残って食介する事にした。
とりあえず完食。
職員が「今日は良く召し上がりました」と。

昼もそうだったのだけれど...母食べない時が有るの?そういう時多いの?
と聞きたくなってしまったが 新しい方なのでやめた。
突っ込みすぎて不快に思われても困るからなぁ〜。

夕食後「静かねぇ〜」と職員がテレビのボリュームを上げた。
テレビを見ようとしている人はいるのだろうか?
そばに座れば 画像を見入る事は有るだろうけれど...。

食事が済んで5時ちょっと前。
帰宅が遅くなり外は真っ暗。5時に食事が済んでいる事に割り切れない思いを抱きながら...ショボンと帰路についた。

今日 療法士さんが 訪問看護の看護士が減ってるニュースを話されていた。看護士も介護士も確かに待遇が悪い。
介護保険の改正で 施設もパート看護士に様変わりしつつある。
そうやって切り詰めないとやっていけないと言う。
でも 認知症の患者にとって目まぐるしく人が変わるってどうなんだろう?
優しく丁寧な言葉使いではあるけれど 人を見ているかしら?と思う場面が多くなってきている。
食事の途中で介助する人が変わる。
みていていたたまれない気持ちになってしまう。
環境を整える仕事も大事なんだけれど 一番は人を支える仕事だろうと思うのだけれど...。

私は厳しすぎるのかな?
言葉も出ないベットに寝ている人が言葉を話せたらなんて言うだろう?
どうにも切ない思いが最近するのである。
誰か 認知症になっても心の思いを伝えられる機械を発明してぇ〜!!
そうでなければ 話しかけられ回数表示機や笑顔の回数表示機を発明してぇ〜!


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