母のタイムスリップ日記
DiaryINDEX|past|will
8時に施設に迎えに行った。 母はソファーに座っていた。他の方も起きてテーブルについていた。 「早いわね」と認知症のない入所者の人に声を掛けられた。 〇さんは「ご苦労様 偉いわね」と労ってくれた。 「おはようございます。今日は ちょっと 早いですね」と挨拶した。
母を居室に誘導し トイレ誘導 洗面 着替えと順番にこなした。
職員に挨拶して 施設を後にした。 外に出て時計を見ると時間に余裕があったので バスに乗る事にした。 駅に着いて 病院までのバスはない時間なのでタクシーに乗った。 母には 検査の事は言ってない。 でも 外出する事が嬉しそう。
病院に着いて検査室にゴー。 朝一の筈が もう検査に入られている方もいた。 老若男女様々である。
待合室で待っている間 母が緊張しないように折紙を折った。 母のお得意の勲章を 膝の上で折ってみせる。 仕上がる直前になって 何を折ろうとしているかが判った母は「あ〜」と言った。「そうそう」 勲章の真ん中に母の名前を書いてあげた。 母はニコニコ読んでいた。
…そうだわ 文字が読める…と思って ♪秋の夕日に照る山紅葉…♪とか童謡の歌詞を2つほどメモ紙に書いてみた。 母の機嫌がだんだん良くなっていき ニコニコしながら読んでいた。
その次には 指相撲。 指をきゅきゅと押しているだけで 母は笑い出す。 病院と判るので 声を出して笑っていけないと思うようで下を向いて笑いをこらえていた。 病院でこんな遊びは不謹慎かなと思うけれど…次に来る苦しみを思うとやっぱり 笑って貰うしかない。
母の名前が呼ばれて 検査室に入る。 胃を洗浄する薬を飲む。 ストローを準備された看護婦さんだが ストローでは吸い込まないのでこちらがコップを口に当てて 飲ませた。 「娘さんですか?」「はい」 母を「〇ちゃん」と呼ぶので 初めての人は 職員か?と思うみたいだ。 けれど 仕草や触れ具合が職員とは違うので「娘かな」と思うようである。
その後 麻酔薬を口に含む。 でも 母はためておくと言う指示が理解できなくてゆっくりと飲み込んでしまった。
程なく検査が 始まる。 母への接し方を見ていて 検査に立ち会っても良いという事になった。 これは 嬉しかった。 母1人だと 不安だろうし…。 昨年のように 検査室の外で叫び声を聞くのは切ないから…。
カメラを入れ易いようにマウスピースをはめようとしたドクター1度拒否された時「これは駄目かも」と思われたようだ。 でも看護士さんが 押さえつけずに根気良く向き合ってくださり 装着できた。きっとこれが出来ないと 更に麻酔が施されたのだろうと思う。 追加の麻酔を避けられてホッとした。
検査の間は結構 力強く嫌がった。 ここは 押さえ込むしかないので…しっかり両腕を押えて「おかちゃん」と呼ばれている所では「はい」と返事し「偉いぞ」「がんばれ」と応援。 医師も結構辛い物があるだろうと感じた。
終わり近くになって「あと少し 辛抱してね」と看護婦さんが声をかけてくださった。
検査を終えて 簡単な説明を受けた。 所見では 特に最近胃の中が暴れた様子はないという事だった。 高齢だし 嫌がるのだから 無理に検査しなくとも良いのではないか…とも医師は言われた。 この医師には 初回の時にお会いしているので 私の思いは伝えてあるのだが…。 「そうですね」と返事した。
検査室で暫く様子見して 変化がないので帰る事に。
やれやれと言った所である。 詳しい事は 7日に医師から説明を受ける事になっている。
また バスがない時間なので タクシーに乗って駅まで。 「麻酔が切れる時間 水を飲んで噎せなかったら 普通でよいですよ」と言う指示だったので 駅前のスーパーで時間調整して 水を飲ませた。 さすがに 麻酔薬を溜めないで飲み込んだので噎せることなく水も飲めた。
バスで施設に戻り 職員に簡単に報告。 母の着替えを済ませた。 後は 施設で昼食をとらせてもらうことに。
急いで家に戻り 昼食を摂って 明日の文化祭の準備のため 電車で会場に向かった。 作業は始まっていたが まだ始まったばかり。 みんなで手分けして作業を進めた。
ひとまず…と言う所まで来たのは 7時頃。 作業を終えて家路に着く。
さて 明日の本番はどうなる事か? そして何より 無事検査が済んでホッとした。
|