母のタイムスリップ日記
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午前中は 2回分のお弁当を作り 荷物を準備した。 施設に電話を入れて 薬の準備のみを御願いし 母には 出かける事は言わないで下さいと頼んだ。
娘は 検査の為に病院に出かけてた。1年ごとに検査が必要と言われていた。 娘は「少し悪く変化しているような気がする」と気にしていたので気がかりだった。 時間もギリギリとなって「出かける」とメールを打って直ぐ「大丈夫だった」と電話がきて 安心して母の所に向かった。 途中駅のコインロッカーに大きな荷物を預けた。
洗面 整髪 トイレ そして着替え…準備をして行くと母がお出かけと判ったようでニコニコ。 でも私の心は 無事に駅まで辿り着けるだろうかと不安でいっぱいだった。
最初から駅で躓いた。 駅のホームまでのエレベーターが動かなかったのだ。 仕方なく大荷物で母とエスカレーターを使った。 上りなので何とか助かった。
各駅のホーム内のエレベーターの場所は ネットで全て確認していた。 しかしJRの分は改札があちこちにあって 入る場所によってはエレベータのない所もあり構内をウロウロしてしまった。 また エレベータがホームの端っこにあって 移動するのも結構歩いた。
母は順調に歩けて 新幹線の駅にようやくたどり着けた。 新幹線のトイレは 母の状況のよかった時でも かなり大変だった。 だから 乗り込む前に障害者用のトイレで用を済ませた。
新幹線移動中に 母はおべんとを食べながら移り行く車窓の景色を眺めていた。電車に乗り込む時に文字を読んで行き先を知った母である。 ふるさとが近くなるにつれ 思い出の地が近くなっている事がわかるようだった。
故郷の駅に末弟が迎えに来てくれた。 外は暗いので 景色は見えず自宅前に下りても「知らない家」と言った。 けれど家の中に入ると 何かを思い出すようにキョトキョト。 見慣れた道具類に目をやっていた。 夕食は 末弟が作ってくれていた。 みんなで夕食と言うか夜食を取った。 食べ終えた頃 長男が来た。つい今しがた 母が来ている事を知ったのだ。 長男をみて 母がニコニコと笑顔を見せた。 「こういう顔が毎日だといいんだけれど…」と零す。 もう この数年来母とゆっくり過ごす事なかったのだし 理解しろと言うのも無理なのだろうが…。 初期の頃の母ではないという事に気が付かないのである。 ただ 母を連れてくるのにどんなに大変だったか その他にもあれこれあって「重ね重ね すまないです。世話ばかり掛けて…」珍しく労いの言葉を言っていた。 そこへ長男の嫁さんと娘も着てくれた。 娘は 外国から帰国したばかりだった。
ふるさとに帰ったこと 見慣れた顔に囲まれた事で母は心地よく興奮したみたいだ。
皆が帰った後で 末弟が「体流そうか」と母に言ったが無反応。 大変な事は予想できていたので「困ったら助けて」と弟に頼んで入浴。 慣れた場所という事もあり 母は嫌がらずに浴室に入った。 その隙に急いでシャンプーこれで爆発。 それでも「すまない事です」と謝り「良く我慢してくれましたありがとう」とお礼を言いながら 何とか入浴を済ませられた。 其の儘 就寝。 おとなしく布団に入ったものの 母は寝付かれずに「おかちゃん」を連発しながらちょこっと寝ては目覚めての繰り返し。 これが 一晩中続いた。 私の睡眠は2時間くらいだろうか? もう 覚悟していたので苦ではなかった。
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