母のタイムスリップ日記
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2006年03月28日(火) 摘み草


 銀行に行って置かないと…と家を出た。
家の中には用事がいっぱい。でも 春うららのお天気に誘われて徒歩で…。

先日は 双眼鏡を持たずに残念な事になったので 今日は持参。

川べりに降りると我が家のある丘が見える。
芽吹きの季節で全体に白っぽい風景でとても柔らかな空気だ。
枯れた草と芽吹いたばかりの黄緑色の葉っぱ。

小鳥のさえずりが耳に心地よい。
鶯も鳴いていたし シジュウカラ 白セキレイ等の声が耳に届く。
カラスもうるさく鳴いていた。
大きな木の上にモヤモヤとした塊が見えた。
きっと鳥の巣だ。
木のてっぺんで親鳥が時折羽を広げたりしていた。
大きさや色からカラスだろう。。。
近くまで行って見上げると 木の枝を編みこんだような綺麗な巣だった。中には白い荷作り紐も見えた。クチバシで作り上げたのだろうな。
巣から飛び出す気配がないので 卵を温めているのだろう。。

ゴミ回収の日はこのカラスたちに頭を悩まされるのだが…。
こうやって卵をかえしている姿を見ると 疎んずる気持ちは消えてしまう。

川べりには 釣り人が増えた。
この数年で川の流れが変わって 釣り人の定点がなくなっていたが…。
流れが落ち着いたのだろう…釣り人が釣り糸を垂れる場所が決まってきたようだ。
母とお散歩していた頃と比べると30メートル程下流になったようだ。

水辺近くの浅瀬には 緑が広がっていた。
土手をおりて水辺近くまで行ってみると…せりが群れている場所を見つけた。他にないかと見渡したが その場所だけだった。
屈みこんでせりを少し摘む。
未だ小さいのでとても柔らかだ。
手のひらにこんもりする程度だけ摘ませて貰った。

鴨の姿も少なくなってカルガモの姿のみである。
川面がピシャンと動いた。きっと鯉が撥ねているのだろう。

この当りを歩く母は 明るい表情が多かったな。
故郷の川と比べて「広いねぇ〜」とよく言っていた。
休日に子供たちが遊んでいると更に機嫌が良くなったなぁ〜。
そういえば この土手では 決まって出会う人がいて…。
軽い脳梗塞を起したから予防のため…と手押し車を押す人。
同じデイに通っていた人でご主人が両手を引いて歩かれていたなぁ〜。
もう1人のデイのお仲間とは 幾度か一緒に歩いたなぁ〜。
水辺近くに腰を下ろして一緒におやつを食べたりしたんだなぁ〜。
 
トコトコ歩き続けると…。
見た事のない草を見つけた。
デジカメは持参していないので…携帯のカメラにシャキーンとおさめた。

更に進むと鼻がつ〜んとしてきた。
ここは 母がよくストライキを起した場所だ。
座り込んで川面を睨みながら一歩も動かなくて…植え込みの陰に隠れてどうするかと見守ったけれど 1時間以上動かなくて陽も傾き始め「寒いから帰ろうよ」と言って家路に着いた事が幾度もあった。
あの時が 母も私も一番辛かった時期だ。
きっと 母のためと称して無理を押し付けていたんだ。
今なら自分自身の理解不足と認められるけれど あの時は薄々わかっていても認めたくなかったのだと思う。

しかし どうして 機嫌が良くなる場所と悪くなる場所が決まっていたんだろう。。。
きっと 機嫌が悪くなる時は無難に歩ける所を選んでいたからなのだろう。この場所は 長く歩かなくとも河川敷に来れる場所だもの。
それと人工的に作られた公園と言うせいもあったのだろうか?

この手前では 草むらから急に雉が飛び立ったり カッコウが鳴いたりしたんだな?
川の流れが変わって 雉の声もカッコウの声も聞けないな。
ひょっとしたら 時間が合わないだけでちゃんと鳴いているのかな?

水際で遊ぶ おばあちゃんと子供の姿が目に入ってきた。
石ころを拾っては 川面に投げる。
おばあちゃんが なにやら説明している。
2人で交互に投げていた。
帰省した折 父や母が孫と遊んだ風景と重ね合わせてみた。
父はなく 母は言葉を忘れ 娘はすっかり大きくなってしまって…。
随分といろんな時間を重ねて今日まで繋がっているんだなと思った。

折角双眼鏡を持って来たのに…バードウォッチングはできず 対岸のさくらを眺めるくらいだった。そんなもんなんだな。

銀行の用事も済んで 電車で戻った。
電車は速いわっ!


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