母のタイムスリップ日記
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少し前 偶然に見つけたページ。 認知症の方のブログ。 母の思いを探るように 毎日寄らせて頂いている。
今日 こんな言葉を見つけた。
>脳の空いたところに 「遊びこころ」 という名の代替物を入れておきたい とこの頃思うようになりました。
これは その前の日。
>私は、何かいわれても……… 言われた意味が理解できなくて……… 話し手の顔をじっと見る……… ということが……… 何度もあります。
母も何か言われても返答できない事や 意味のつかめない言葉を返してくる事がある。 何かを言おうとしてじっと考える事もある。 ゆっくりと大きな声でそれも出来る限り 主語述語位の会話なのだが…。
記憶を留めて置く事は難しいと思っていたが…。 最近の母を見ていると記憶に留めて置く事が出来る部分もあると感じる。 例えば 人の顔もそうだ。
しかし 毎日過ごしている居室を自分の部屋とわからなくなる時がある。 そういう状態の時でも「自分の部屋に行って」というとテクテクと自分の部屋に入ったりする。 居室前には 表札ならぬネームプレートがかけてあるけれど…。 それを見なくとも 判るようなのだ。
切れ掛かった電球…そんな状態なのだろうと想像している。
また「脳の空いた所に…」は 母は意識しないまでも 時折飛び出す冗談…を聞き 母の脳の空間に遊び心が詰まっているかも知れないと思う。 散歩の折や人形に向き合う時に見せる仕草は そういった遊び心の存在を思わせる…。
認知症の方のブログを読ませて戴いて そんなことを感じた。
今日は 娘の誕生日。 渋い顔をして 出かけていった。 行き先は 松本。出張である。
「誕生日のお祝いの支度は要らない。帰って 誕生日だと思い出すと腹が立ってくるから…。今日は誕生日じゃないんだよ」と言って出て行ったのだ。
誕生日の出張が嫌と言うよりも 意味のない出張に腹が立っているようだったが…。
言われた通り 誕生日のお祝いは準備しなかった。 「蕎麦」を土産に帰宅した娘。 蕎麦好きで 故郷の蕎麦しか信じない私だが…。 初めて 故郷以外で「おいしい」と思えた蕎麦だった。
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