母のタイムスリップ日記
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| 2006年01月10日(火) |
風邪 貰ってなかった! |
いよいよ始動した。 気持ちだけは目いっぱい動く予定でいたのだが 午前中母の所には行けなかった。
今日は家族会のある日で 其の前に新しいシステム利用のための書類を提出。更に次回の会の場所の確保をしなければならない。 書類を揃えていたら 会員の方から電話が入った。 ご主人を見送られて その後気持ちの整理がつかなくて会に来られないでいる方だった。 「今日 会に行きます。お仲間に入れて戴いて良いのですか?」と聞かれた。看取りの経験をお持ちの方のお話は貴重である。 「都合の良い時にいつでもどうぞ」と伝えた。 気持ちが少し上を向き始めたのだと感じて嬉しかった。
会は暫くお休みだった方も見えて 賑やかだった。 年末年始を挟んだ事もあり 皆さんいろんなお話が溜まっておられるようでいろんなお話が盛り沢山で時に話が重なってしまうほどだった。
会に出向くためバスに乗った時 知り合いから「あなた変わったわねぇ〜すっかり明るくなって…。以前のあなたは 話しかけられないほど険しい顔をしていたのに…」と言われたと嬉しそうに話してくださった。 介護者としてとても嬉しい言葉だった様子である。 70歳を越えて 1人介護に向かうってどんなに大変かと思う。 60歳 50歳 40歳 それぞれ困難な事が違う。 体力は落ちる一方で必要な介護は体力勝負になってくるのだから…気持ちも落ち込んでいくのは目に見える。落ち込まない強靭な精神力を持続できる人は稀だろうと思う。
「今年は病が進行しても悩まないって決めたの」と言う方も居られた。 そう そうは思うのだけれど 目の前の現実に打ちひしがれてしまう事は親の介護をしている私でさえある。 連れ合いの介護は 親の介護とはまた違った様相だから…困難さも容易に想像できる。「そう 上手に手抜きして行きましょ」と…。
ひとつひとつの言葉に その人の思いが伝わってくる。 皆「こうでありたい」と願いながら 山坂を乗り越えて行く。。。
家族の会は その人の表情や顔色が見える。 自分が困難でも「あの人大丈夫かな?」と思いを馳せる。 そういうところが以心伝心してお互いが支えあっているような気がする。 言葉が元気そうであっても 黄色信号が点滅している時は電話や訪問も出来る。 「今年の会員名簿どうしようかな」と思いながら今日持って行ったら「嫌」と言う人は誰もいなかった。 信頼関係が成り立っているのだなとあらためて感じた。
会を終えて 新しいシステムへの登録 会場の確保を済ませて 母の所に出むいた。 1週間余面会していない。 母は風邪菌を跳ね返していたのだろう 元気だった。 欲を言えば 限がないので書く事はしない。 元気でいてくれた事がとても嬉しかった。
笑顔で迎えてくれた母だが 直ぐに顔が曇って…居室に入るとウォンウォンと泣き「早かったね」「早かったね」と言った。 「遅かった?」と聞きなおしても「早かったね」と。。。
トイレ誘導して手を洗っていたら「腹減ったぁ〜」と。 生憎何も持っていなかった。 でも飴玉が少し。上げるとニコニコしてなめた。 飴がなくなったら ティッシュを口に入れた。 「美味しくないでしょ」と言うと手のひらに出した。 更に飴をあげたら「おいしい」と。
職員は「自力で食べ始めています」と言っていたので 空腹になれば自力の食事も可能か…と思うことにした。
でもトイレ誘導の時お尻の肉が随分落ちたなと感じた。 更に右太ももに小さな痣があった。 みていないから判らないが 何となくつねられた感じ…。 仕方ないのかなぁ〜。「自傷でしょ」といわれれば 返答のしようがないもの…。信じるしかない。
夕食が始まったので そうっと施設を後にした。 明日はリハビリだ。
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