母のタイムスリップ日記
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2005年06月04日(土) 私のために我慢?


 5時に家を出る夫を起した。目覚まし時計の役割だ。
昨夜 バーレーン戦の放映開始直後に就寝。ちょっと眠たい。
夫はそれより数時間前に寝ている。
時々 不平等だなと思うこともあるけれど 仕方なんだよね♪

夫を送り出して 更に眠りには付けない。
折角 早起きしたのだから…と畑に向かった。
天気予報は 夕方から雨 植え付けや種まきには適した日和である。
里芋、人参、蕪、空芯菜の種を持参。
昨年のような丁寧な作業はしていないので 畑に向かう時はいつもドキドキしてしまう。
トマトは芽掻きをしていないので ちょっと無様。でも今日はトマトには触れないと決めていた。
ナスは程ほどに成長していた。

先に草取りである。
夏のような勢いはないので程ほどに取ってあれば 草取りはそう大変な作業ではない。土を少し掘って草を捨てた。これも大事な肥料となる。

土を均して種を撒いた。
食べきれないほどの収穫は無駄になるので ちょこっとずつ蒔いた。
それでも収穫時になれば食べきれなくなってしまうだろうなぁ〜。
同じ物を食べ続けるって 結構辛抱が必要だから。。。注意深く蒔いた。
更にサトイモの種芋を植え付けた。
これも数回分収穫できれば良いのだ。
土は湿っていて掘り起こしているうちに土だらけになってしまい川で洗い落とした。

早朝の畑には数人の人がいた。
そのベテランの方に「落花生未だ小さいけれど植え付けて良いでしょうかしらね」と相談してみた。
「もう大丈夫だよ。根の物は移植は良くないというけれど土ごとであれば大根だって大丈夫らしいよ」と言われた。
だから家に落花生の苗を取りに戻った。
昨年収穫した落花生を冬越しさせ 春に育苗ポットに植えたのだ。
それも畑に植え付けた。

更に早春に蒔いた葱の種…これが植え替えても大丈夫そうに育っていた。
これも移植した。
芽が出始めた頃 草と間違えて少し抜いてしまった事を思い出した。
良くぞご無事で…という思いが湧く。

全てうまく育てば上々なのだけれど 何が起きるか判らないからなぁ〜。
アスパラだってモグラちゃんにやられたしなぁ〜と思いながらヤーコーンの根元を見ると心なし地面が盛り上がっている…。
こりゃ大変とばかりにヤーコーンの周囲に棒を立てた。
棒にがあるとモグラちゃんは横に逸れていく習性があると聞いたから。。。
「ほんとかな?」とも思うけれど しないで置くより良いだろう。。。

畑の作業を終えて家に戻り 洗濯機を廻しながら一人朝食。

今日は近くの公民館ホールで上野千鶴子氏の講演会がある。
ちょっと聞きに出かける事にした。
席がなければ母の所に行こうと思っていた。
が「どうぞどうぞ 早い者勝ちです」と言われ一番前の席に座ることに。
彼女の話すテンポは軽快だった。「オヤジギャグも多いですから…」とご本人が言われた通りだった。
フェミ子ちゃんの彼女だから 当然の話しの流れ方だった。
フェミ子ちゃんのお話は「ストンと胸に心地よく治まる場合」と「ふぅ〜むそうかな?」と思う時が私にはある。
作家であり東京大学で教授をなさって居られるだけに空回りのない話し方に引き込まれた。
「東京大学のあ・法学部じゃ駄目」と官僚の候補たちの学生をばっさり。
しかしそのあ・法学部の教授に中にピカリとした逸材が居られると言われた。
その方曰く「政治参加を4年に1回の投票に限定する事で 市民の政治参加を抑制する意思決定のシステム」と言われているそうである。
今の選挙離れは そういうシステムのせいという事になるのだろう。
これには 考えさせられた。

また地域活動のあり方として
1.やりたい人がやる。やりたくない人はやらない。
2.やりたい人は、やりたくない人を強制しない。
3.やりたくない人は、やりたい人の足を引っぱらない。
が行動3原則だそうだ。
簡単そうで これが実に難しい。。。と思った。

かいつまんで自分の興味を引いた所だけのピックアップである。

さて講演会が済んで 母の所に向かった。
午後「介護講談」がある。
母を連れて来てみようと思ったのだ。
講談師は「田辺鶴英」である。
母は大きなホールの天井のライトに気を取られてお話を始めてしまった。
「こりゃ 周りに迷惑がかかる」と思いドアの外に出た。
すると主催者が母子用の防音の部屋に案内してくれた。
少し狭い部屋だが 遠慮はいらなかった。
時折水分補給も出来た。
しかし話しに耳を傾けるでもなく俯いたりを繰り返すので「もう出ようか?」と幾度も聞いた。その度に母は「最期まで…」と言った。
介護の講談で時に認知症の話にもなる。
母にどの程度理解できていたのだろう。。。
講談が終わってホールを出た時「馬鹿な顔してない?」と聞いてきた。
思わずドキッとしてしまった。
「可愛いよ♪素敵だよ♪」と言っても不安げな表情が残っていた。
帰路 気分直しに あんみつ屋さんに立ち寄った。
あんみつ屋さんの前で「あなたに迷惑かけられない」と言い出す。
母は周囲と自分の差を何処かで見ているようだ。
そして講談のホールを出ようとしなかったのは…聞いていたからでなく私と一緒にいたからだったと気が付いた。

お店に入ってから「○○(母)さんのお金預かっているでしょ。だから 迷惑はかけていないのよ」と筆談。これはちゃんと納得できた。
表情が冴えないので「お腹痛いの?」の筆談は通じなかった。

ほんとに不思議な感覚だと思う。
そういう不思議さがこの所多いのだ。
そう トイレ誘導 全て完璧に出来た。
浮かない顔も トイレ我慢だった可能性を否定できないのである。
おそらく感覚は残っている…ような気がしてくる。
伝えられないだけのような…その間で母は傍に人がいて欲しいと願っているような…そんな気がしている。









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