母のタイムスリップ日記
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| 2005年05月24日(火) |
気圧のせいでしょうかしら… |
学生時代の仲間と会った時… 「お母さんがバリバリ現役だった頃と雰囲気が似てきたね」と言われた。 彼女は 同じ職業の先輩としての母を知っている。 私の親としても出会っている訳だが そういう時も先輩として見ていた様に記憶しているので 仕事をする母の側面と似ていると感じたのだろうなと思う。
言われた時一瞬「え〜っ」と思った。 我が家で「父親に似たい。。。」が主流だったから。 父は寡黙で余計な事を言わないし いつも穏やかだったからである。 DNAがどうあろうとも 父のように…と思っていた筈だ。 父も亡くなり 母も認知症となり どっちに似ているなんてあまり考えなくなっていたが…。 彼女の言葉で また考えてみた。
母はいつも「ボンヤリしてないで自分から先の仕事を見つけなさい。」と言うのが口癖だった。 母の期待に沿うように育ったとは思わないけれど どっかで影響を受けたのだろうなぁ〜と思う。
彼女が「母そのもの」と言った訳でないから…「まっいいか」とも思う。
強い母が父を立てながら それぞれ親の役目を遂行していた訳で 家族が作り上げた親なのかも知れない…と思ったりもする。 自分が親となってみて 本来の自分とは違ってきているという部分が多分にあるような気がしているから。。。
余談が長くなってしまった。 施設の昼食に間に合うように母の所に出かけた。
未だみんな食事中で母の隣に座った。 母の向かいに座っている方が「お母さんは 焼き蕎麦がお好きですね」と言った。「米粒が好きだったのですが 最近変わって来たようですね」と言うと「昨日 焼き蕎麦をいっぱい食べていました。カレーも好きですよね」と言われた。
入所者とのお話で 母の暮らしぶりが見える事も多い。
食事が済んでから居室に入り サツマイモのレモン煮とトマトと杏仁豆腐を食べてもらう。昼食はゆっくりだったけれど好物な物はスルスルと口に運んでいた。
今日はフロア全体が何となく元気がないように感じた。 お天気の代わりの目のせいだろうかな?
母も外に出たい気持ちはあったが 外に出てみると息切れしまた足取りも重いように感じた。声の張りもいつもよりなかった。 歩きたい意欲もあるのに 身体が付いて行かないようだ。
途中バラの生垣を見ていたら その家の方が鋏を持って出ていらして「お持ちになりませんか?」とピンクのバラを2枝切ってくださった。 「バラはねぇ〜トゲがあるから…」と言いながら棘を鋏でひとつひとつ切り落とされた。 その心配りに感激してしまった。 見知らぬ人なのに…大切に育てている花を分けてくださるなんて…。
バラを手に持ち更に歩き 小山を登って降りて施設に戻った。 戴いたバラは みんなで見られるようにホールのテーブルに飾って貰った。
一晩寝たら みんな元気を取り戻すかしら…。
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