母のタイムスリップ日記
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| 2005年02月02日(水) |
同じ病気だもの。。。 |
利用者さん訪問 今日の利用者さんは お掃除が中心である。 お訪ねすると「目が回って」と言われた。洗濯物を干したのでそのせいでしょうと笑われた。未だ本調子ではない御様子である。病のため 歯の治療等も一般の歯科医は治療できず大きな病院に足を運んでおられる。美容院だって病院内の所にお出かけである。 病を抱えるとなかなか大変だ。それでもお1人でお出かけなさるのでいい方だとは思う。 お掃除の途中「ねぇ〜ちょっと教えて」とパソコンの事を聞かれた。 覚えたての知識をお伝えした。 質問も自分にわかる範囲の簡単な事だからできる。 でも覚えた知識を娘に披露したりすると「そんな事も知らなかったの?」と言われるので…たいした知識ではないという事だけは記して置かないと…。
活動を終えて2月の調整をした。 歯科治療中で通院日と重なるので 微調整が必要なのである。 介護保険利用での活動でないので 直接(本来は事業所がするのだが)微調整できるからお互いに助かる。 活動時間が少なくなる事を気になされるが…本来 私の希望活動は週1なのだから…こちらも助かるのですよとお伝えしておいた。
家に戻ってから母の所に出向く。 母はコタツに入っていた。 私を見ると「○○(ふるさと)に帰るぅ〜」とはっきり言った。 「ハイ 判ったよ。そうしようね」と言うと「ほんとだね。よかった」と喜ぶ。今の母の記憶はジェット機のように遠い彼方に消えて行く。 だから 母の言葉を受け止めて楽しい体験を重ねれば「帰る」と言った事等綺麗に消えてしまう。 いや だからと言って帰宅願望がなくなる訳でなく…また同じ事の繰り返される。それでも言質に拘る事はもう殆どない。 今日も殆ど忘れたが時折「帰ろう」と言った時に「雪が降って汽車(電車だとわからない)止まってしまったんだって…」と言えば哀しそうな顔をして「じゃ 今日は泊まる」と言うのである。 しかし 昔ほど強い拘りがなくなっているので 対処もかなり楽になってきている。
居室でお茶を飲んだりおやつを食べたりした。 「外に出たい」という強い気持ちはないようだが 散歩に誘って外出。 玄関まで行くとエレベーターが点検中だった。 職員が言うには エレベターのボタン操作を入所者が覚えてしまって脱出が多くなり始めているという事でボタン操作を少し変えるのだそうだ。 認知症であっても学習するという事である。 でも この学習は介護者にとって覚えていて欲しい事は覚えないので辛い所ではある。 母の介護でもいろんな事があったなぁ〜とつくづく思う。
エレベーターが使えないので 4階から階段を使って下りた。職員は一緒にお付き合いしますと心配してくださったが…これくらいの階段は全く不安はない。ゆっくりと階段を下りると「わぁ〜庭が近づいた」と喜んだ。 たまには階段での上り下りも気分が変わっていいかも知れない。
外の風は強かった。 それでも母は 寒いと言わず 疲れたと言わずに歩けた。 顔なじみになった近隣の方が挨拶してくださる。 もう すっかり有名人だ。大きな声で唄ったり 話したりだから…。 もう 恥ずかしいなんていう感覚は消えている。 ストライキも全くなくなっているから…。 夫の知り合いだって「今日も奥さん見えていたね」と言うそうだから…。
たったったったっ程の速度で30分以上 距離にして2キロ弱を歩いた。 今は梅の花が咲きかけて 猫柳が銀色の芽を膨らませている。 それらを探しながら ゆっくりと歩いた。
施設に戻って 少し手遊び。 今日はグーパー出し。左はグー右はパー 次はその逆 それを2拍子の歌にあわせて交互に出していく。 頭の回路の訓練代わりだ。他の入所者の方も一緒に楽しんだ。
おやつをみんなで一緒に戴く。 母が言葉を捜しながら話しだした。 「私も病気 別の人も病気。同じ病気」「私の所に遊びに来たら 入ってもらって 同じ病気だと言って笑う。みんな 同じだもの。誰かが来れば…いいもの…」と。 何となく判る。 母の居室に入った時母の椅子ともうひとつ椅子が並んでいた。 きっと一緒の時間を過ごしたのだと思う。
母自身が 病名を認識している訳ではないだろうけれど…それでも 同じ病の人という事が感覚で判っているのだろう。 それもいいではないか。。。
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