母のタイムスリップ日記
DiaryINDEXpastwill


2005年01月20日(木) 昔の歌

リハに立ち会うため 施設に向かう。
母は ゆっくりと朝食を摂っていた。今日はかなりスローペースみたい。
私の顔を見ては笑って周囲の人をも笑いに巻き込む。。。
最近は そういう事が多いような気がする。

私たち親子が笑いを振りまくなんて考えた事なかったなぁ。
母はもう生真面目を絵に描く様な人だったし…。
時に笑いを誘う冗談聞くのは 身内に限られていたし…。

母の病に出会ってから 私は輪をかけて明るくなって来ているような気がする。母は、心配性だったので 意識的に楽天的になっているような気がしないでもない。
「あんたは良く笑うね」と母が驚くほど 笑う時が多くなった。
介護しているのに ほんとに明るいねぇ〜と友人は言った。

今になって気が付いたが 友人は私の明るさを引き上げてくれたのだ。
いつも明るかった訳じゃない。でも笑っている時にいつもそう言ってくれたからこそ 明るくなれたのだと思う。
そういう人達に 支えて貰って此処まで来たんだと思う。

今日は 昔の文部省唱歌をコピーして持って行った。
いつも訪問するネット友達のホームページに貼り付けて有ったページに飛んで引き出したのだ。
母が歌っていたと思われる歌詞を選んだ。
でも 歌詞を見ても母は歌えなかった。以前はちゃんと唄えたのに…。
それでも 辛うじて私が覚えている歌を口ずさむと母も口ずさむ。
周囲の方も同様だった。
ところが 私と年代が比較的近いと思われる職員や家族は その歌を知らなかった。これには 驚いた。
知っている私が特殊なのだと感じた。

何故覚えているのだろう?と暫く考えていたら…。
父の影響かなと。
以前 日記にも書いたと思うが…。
父は亡くなる数年前から 絶えず唄っていた。
歌が止まった時が寝入ったのだなというほど唄い続けた。
母は「うるさくて眠れないんだ」と愚痴を零すほど。
私たちが実家に泊まっている時も隣の寝室から歌声が聞こえ眠れなかった事もある。我が家に泊まっても同様だった。
有る時「お父さんは 苦しい時に歌で気持ちを紛らせているんだね」と母が言った。

父の歌は ピンカラ兄弟の歌から民謡 童謡 唱歌と様々だった。
その時にかなりの歌を覚えたのだろう。
娘だって♪濡れた子馬の鬣を…♪なんて唄えてしまうのである(笑)

メロディーを思い出せない歌もある。
だから 職員に未だ唄える人からメロディーを引き出せないかな?と御願いしてみた。
出来るかわからないけれど 努力してみますという返事を戴いた。

ついこの間まで 懐かしのメロディー等で唄われていたと思っていたけれど…今は「懐かしの…」は時代が変わり始めているのかな?
殆ど聴かないもの…。

今日の外出は アチコチ忙しかった。
母もかなり疲れたようだ。
「疲れた?もう帰る?」と聞くと「未だ大丈夫」と幾度も言った。
今晩は きっとぐっすり眠れているのではないだろうか?


はな |MAILHomePage

My追加