母のタイムスリップ日記
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ネットで知り合った介護者たちはパソコンを上手に扱っている。 でも 顔見知りの介護者の方々は 未だパソコンを自由自在に扱える人は数少ない。 介護者でパソコンを扱える人は そう多くないのだろうと想像している。 たとえパソコンを扱えても 介護臭いまわされてパソコンに向かえない人だっているだろう。
私の場合はマイパソコンがあっても触れる時間はなかった。 記憶が正しければ 3年近くは放置状態であった。 介護保険の始まる前であり デイだって週2回。後は毎日 朝から晩まで 時に明け方近くまで 母とのお付き合いだったのだから…。 母の方を向いていないと 風向きが悪くなるのが最大の理由。 風向きが悪くなると 私自身のストレスが溜まる一方になってしまうから…やりたくともやれない状況が長い間続いた。 だから 母の記録は紙と鉛筆にせっせと書き溜めていた。
パソコンに本格的に迎えるようになったのは 母を施設に託してからである。
そんな私も いつの間にか人に扱いを教えられる部分も出てきた。 娘に言わせれば「随分役に立てるようになったね」だそうだ。 これは 人の役に立つというのではなく 娘が離れた所から情報を得たい時に役に立ってくれると言う意味である。 「ったくもう…」と言う感じである。
更に驚くのは 人のためにパソコン教室まで開いてしまう。。。 勿論参加費は戴かない。
こんな風に書くと さも1人でやったように聞こえるが…昨日の日記を読んでいただければ いろんな方の手助けを受けて漕ぎ付けた事をご理解戴けると思う。
きっかけは アラジン。 「介護者のためのパソコン教室の援助できるようになりました。 教室にかかる費用は援助します。地元のNPOで講師を探してください」だった。 地元のNPOの存在は知っていても 何処にどうやって行けばよいか…と迷っていると。 「最悪な場合には NPOで知っている人いますから紹介出来ますよ」とアラジンから言われた。 でも ここは踏ん張りどころと 自力で役所に相談。 「公民館の何処かにNPOの紹介がありますよ」と言われ探した。 パラパラとめくると最初に一団体が目に留まった。 とりあえずここに連絡してみようと思い 電話した。 勿論 その前にネットでNPOのページを開いては見たけれど…。
電話で講師本人と繋がったのは 稀だと後で知った。 それほど忙しい人だった。 丁度こちらも忙しくしており お互いに連絡は午前零時なら…といった具合だった。
途中で私の所属する介護ボランティアの事業所のゴタゴタでお世話にもなった。それでも その方がどういう人かは 全く分らないままだった。
全てが手探りで始まって 今日の日まで無事漕ぎ付けたのは ほんとにラッキーとしか言い様がない。
おまけに 会の講演会を持つための援助費がカットされるようになったきっかけを作られた主催者でも有った。 昨日 チラッと零したら…いろんな方法が有ると知恵を下さったりした。 これもラッキーである。 ただ これに関しては 他の団体の人には申し訳ないような気もする。
さて 今日の会を開催に当たって犠牲もあった。 それは 介護を受ける母であり利用者さんである。 今日は 活動をお休みさせて戴き 母との面会もお休み。 これは 申し訳ない気持ちでいっぱいである。
教室に参加したのは 介護者である。 デイの送迎の関係で遅れる人あり ヘルパー業で午後のみの参加者あり…であった。そんな凸凹があるにも関らず ちゃんと教えてくださった講師。 参加者も「分りやすい」と喜んで戴けた。勿論 明日も参加したいと言っていた。 それぞれが納得できる教室体験が出来た事を感じ胸を撫で下ろした。 願わくば 皆さんとネットを使って連絡が取り合えて 介護で迷った時など情報を得られるようになれば いいなぁ〜。
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