母のタイムスリップ日記
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| 2004年11月02日(火) |
単なる偶然ではないのかも… |
ご近所の方が「死にたくなっちゃった」と突然口にされた。 聞いているのは 私1人。 誰か居ないかとしきりにあたりを気にされていた。 よりにも寄って何で私に…と思うけれど 聞き流す事は出来ない。 話を聞いてみるけれど…しどろもどろである。 話し始めては中断の繰り返しだった。
「夕方 奥さんの家に行っていい?」と言われたので「5時くらいには戻ると思うよ…」と言うと「もっと遅く」と言うので「帰ったら電話するね」とその場を離れた。
今日は家族の会である。 ただならない話に…「何で?」が幾度も浮かんで気が気じゃなく家族の会も上の空状態となってしまった。 会でも いろんな話があった。皆さん いろいろお話なさるので良い情報交換になっていた。
会を終えて 家に戻り 急いで夕食の支度をした。 献立は決まっていたけれど…慌てている自分がいる。 危うく焦げ付く寸前になった。
支度を終えて「何時でもOKよ」と言うと7時過ぎにその人はやってきた。 実は その方の家族構成すらよく判ってないお付き合いなのである。 何からお話しようか…と思ったけれど 話をただただ聞くしかないなぁ〜と言う所に気持ちが固まってはいた。
話しをする度に涙を零される。 ご家族の話でも愚痴やら怒りが出てくるけれど…冷静に聞くとみんなそれぞれ気を使われている事が判る。 「優しいご家族じゃない」と言うと「そうかな?だったら やっぱり私が悪いんだね」とご自分を責められ涙する。 「いや そうじゃなくて…優しいご家族に貴方が育てていらしたから…と思うのよ」と言うと「そうだね。そうかな?」と少し落ち着かれる。 でも未だ未だ 不安定である。 安定剤と入眠剤を使っているとも言われていた。 一時間ほど話しこむと今度は「帰らないと…」とソワソワ始める。 話も終盤という時に別の方から電話が入った。 訪問した人は「か・え・る・ね」とそうっと家を出られた。
電話をくれた人は 別の相談だった。「3分だけ…」と言われたけれどちょっと長くなった。その方も「ようやく薬と離れられるようになった」というお話をなさった。
二人とも60才半ば ひょっとしたら同じ年なのかも知れない。 その二人の悩みは 丁度子供が結婚して子供は子供の生活がいっぱいいっぱいになり始める時期である。そして親は 老後の不安が始まり子供と連携を取りたいけれど 思うように行かなくて不安が加速して行く様に見えた。
電話をくれた人は「きっと 初老鬱(他の言葉を使われていたが)だって気が付いてようやく抜け出せた」といっておられた。 いまだかつて経験した事のない神経性の脱毛が酷くて…余計落ち込んだそうである。
このお二人と 特別親しい間柄ではない。二人のご婦人同士は 顔も合わせた事もない。 それでも 聞き役が私になったという事は「こういう事が有るんだぞ」という役目がお二人に言い渡されたのではないだろうか?
初めはオロオロしてしたけれど…よく考えれば 学ぶ機会が与えられたという事だと思った。 相手はとっても恐縮していたけれど…話せない事を話してくれたという勇気に感謝の気持ちでいっぱいとなった。
考えれば 母も同じような時期に 入眠剤を使い始めていた。 「なるべく 使わない方がいいよ…」と言ったら「『ラジオ深夜便』を聞き出した…」って言っていた事を思い出した。
私がその年齢になるまでは もう少し時間がある。 今の内に ちっちゃな喜びを報告して 感謝できるそういう事が出来る友人を作る事で何とかなるのではないだろうか? 甘いかな? その為には 今の内から そういう話をしておく必要が有るのかも知れないなぁ〜。 そして ちょっとだけ 老いていく先の話を夫と子供とよく話しておかねばならないのだろうなぁ〜。
今日の家族の会でも「自分の親なのに介護に関ろうとしない夫」の話しがちょこっと話題になったばかりである。
世の中 みんな幸せそうに見えるけれど…それぞれ悩みを抱えながらいらっしゃるんだよねぇ〜。
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