母のタイムスリップ日記
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2004年08月04日(水) 自分に言い訳…


 今朝 弟から電話があった。
下の弟のお嫁さんのお母様が 昨夜亡くなられたと言う電話だった。
ここ数年 医療施設で療養中でお話も出来ない状態が続いていた。
この春に危機があったのだが 乗り越えられたと言うお話は お世話なさっておられる実家のお嫁さんから伺って知っていた。

いつも 頭のどこかで「大丈夫かな?」と思っていた。

結婚式と父の一周忌くらいでしかお会いした事はないお母様である。
一周忌での思い出は かなり強烈である。
痴呆初期の母のおかしな言動・行動を見て「あはははっ」と笑ったのだ。

母は 夫を亡くしたことの揺らぎ 介護に戸惑う私たちの間で かなり動揺していたので 普通でもありおかしくもあり…微妙な状態の時だった。
笑われた時 私と娘はとても気分が悪かったが 父の法要の席でもあり黙って気が付かぬ振りをしていた。

娘が今 どんな気持ちかは知らないけれど…。
私自身は あの時の事は 仕方のない事だったと受け容れられるようになった。お母様は 痴呆症という病を理解できていなかったのだと思う。
この病は 一般的に理解されているようで結構 理解できていない人が多いような気がする。
私自身 わかっていたつもりでも 初期の頃と今では 大分違ってきてるから…人を責められない…。

更に お母様が痴呆症となり 他の病もあってお話も出来ない状態が大分続いたのだ。
お母様は 母を笑った事など忘れてしまっていただろう。
でもご自身 お話できなくなって辛い思いをなされていらしたのではないかと思ったりしていた。

お義姉様が 孤立しながら良く介護なさった。
その姿には 教えられる事が沢山あった。

今 お母様が亡くなり 介護から解放されるお義姉様の事が頭に浮かぶ。

と言う訳で 利用者さん訪問後 香典やらお花の事で走りまわり 母の所には行かなかった。

お嫁さんの実家は ふるさとにあり出かけるには ちょっと遠すぎるし…。
お義姉さんに ちょっとしたお悔やみの言葉をを書き添えて香典を送った。

行けないと言うか 行かないと言うか…そんな状態になって「急な事だから…明日はリハだし…明後日は 施設の行事があるし…いいよね」とひたすら自分に向けて言い訳していた。


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