母のタイムスリップ日記
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| 2004年05月30日(日) |
今日も…やられたぁ〜 |
朝食時 夫が「息子さんは?」と聞いていた。 「はぁ〜 何処にいるんだかねぇ〜」と少し真面目に答えていた。 「じゃ、★★★(父)さんは?」 「★★★は家にいるよ」 「そうかぁ〜△△(ふるさと)にいるんだね」と確認してみると…。 「△△って 知らないけれど…」とニヤニヤしていた。 完全に私たちの負けである。夫と顔を見合わせて笑ってしまった。
こんな母とのやり取り…。今はとても平和だけれど、母の病の始まったばかりの頃は とてもこんな調子ではすまなかった。 時には 剥きになって「何言ってんのぉ〜」と事実を告げてみたり、聞き流してはみても 心に重たく残ったりしたものである。
こんな光景は 普通哀しいのかも知れない…でも 今 会話が出来るだけでも幸せだと心底思う。母自身も そんな心の内を感じるかのように冗談を飛ばしているのであろう…。
昼食後の事 テーブルに ゆすら梅の小枝をグラスに挿して飾っていた。 其のグラスに バターナイフとスプーンを挿し込んだ母。 「ブラボー!」母流 オブジェの出来上がりである。 しかし 考えも付かない事を次々とやってくれる。
起床時に氷水を飲んで貰い 昼過ぎ摘便。 今朝は6時までぐっすり眠っていた。トイレも1時に起こしてからは出てないようでほっとした。 昨夜は かなり暑くて汗びっしょりかいていたのだから…無理もないだろう。タオルケット1枚を横がけにして もう一枚をお腹に畳み込んで足を出してあげていたのだけれど…それでも汗が出ていた。 母の汗の出は良い方と思う。少なくとも私と比べたら…ずっと良い。
これまで 家に来た時は玄関を入ると「家らしいねぇ」と言っていた。 この所 そういった言葉は聞かれない。 でも 施設とは違うという事は判っているように感じる。 何が?と言うと 緊張が解けているのである。 例えば 母のブラウスを畳んで貰っていると鼻歌まで聞こえてくる。 特に何かを口ずさむと言う訳でなくて「ふんふんふん」と言った具合である。
そういえば、昨日は暑くて着ている7分丈の長Tシャツを脱いで下着一枚になっていた。以前は こんな事しなかったので 慌てて母の手作りの半そでブラウスを引っ張り出して着せた。 作った頃は 今より痩せていたのだろう。今でも十分細いのだけれど…。 ブラウスは 少しきつめだった。 それでも「これ誰が作ったの?」と聞くと「私」と言った。 自分の作ったものは 認識できるのだと少しビックリした。おそらく70代の前半に作ったものだろう。ほんとはキュロットのスーツなのだけれど…。 キュロットは どう頑張ってもウエストが合わないので 着せて上げられない。
作ったものをこれだけ覚えているのなら…とちょっとボタン付けを頼んだ。 ボタンは一針だけ縫いつけて渡した。 が、糸の留め方が出来なかった。 無理だろうとは思いながら…刺し子の布も渡してみた。 これも、同じところを幾度も縫ってまるでサテンステッチみたいになっていた。こりゃ、もう駄目かなぁ〜。 もう少し 針仕事させて置けば良かったな。そしたら 並縫いくらいは まだ出来ていたのではないだろうか? でも 母の縫った刺し子を数枚出しておいたら じぃ〜っと見つめて 比べていたから…ひょっとしたら 出来る時が来るかな?なんて淡い期待が湧いてきた。何事も少しずつでも経験してもらう事って大切なような気がする。 自分の不出来が気になるときは無理だろうけれど…。 でも それだって「頼まれたので 縫って…」と簡単な事を頼めば大丈夫と思う。
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