母のタイムスリップ日記
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くさやを焼くのは お天気の良い日方がいいと勝手に思っている。 湿気のある日は 家の中に匂いが篭ってしまいそうな気がするから…。 ご近所さんにとっては、雨の日がいいのかもね。
今日 何となく「くさや食べたいなぁ〜」って思った。 戴いたくさやが冷凍室で眠っている。「早く食べないと…」と思ってた。 家人の帰宅は遅い予定だし…。(家人も嫌いではないのだけれど…匂いが苦手らしい)
夕食に 一人で食べてしまった。 勿論 ロースターは即洗浄。食べ終えた後 直ぐ骨等も密封して処理。お皿だって直ぐ洗った。「誰も気が付くまい」と思うのだが…ちょっと外に出て家に入ると少し匂った。 これから、コーヒーでも入れてしまえば 大丈夫かな?
くさやに初めて出合った時は 衝撃的だった。 どんな経緯で出かけたのかは もう忘れてしまっている。 母と母の職場の私と同じ年の方が夏季研修で出てきた時の事である。 おそらく、熱海か箱根あたりでの研修だったのだろうと思う。 その頃、私は静岡県に住んでいた。 私は休暇をとって 3人で大島に行く事になったのだ。
船旅が苦手な事も忘れて乗船して…。 船酔いして気分が悪かった事は覚えているけれど…母がどうだったかなんて覚えていない。でも数箇所の島に寄って行くので「長いねぇ〜」と話した事は記憶している。 大島の宿に着いて驚いたのは お風呂が海水だった事。風呂に入っても身体がべたついて気持ちが悪いと思った。 でも 宿の人は 由緒あるお宿と話されていた。 今なら もう少し違う受け止め方が出来るのだろうけれど…あの時は若いという事もあり「なんて宿に泊まってしまったのだろう」と後悔した。 風呂から上がった頃より 宿全体に 変なにおいがふわふわと漂っていた。それも、「なんて宿…」と思った要因であろうと思う。 夕食が部屋に運ばれてきた時は その思いは ピークに達した。 浮遊していた匂いの元が運ばれてきたのだから…。
仲居さんが くさやの説明を始めたけれど…もう聞こえてなかった。 「へぇ〜」とは返事したものの 仲居さんがいなくなると3人で顔を合わせて目をパチクリだった。3人とも食べる事は出来なかった。 今、思えば とっても残念なシーンである。
と言うのも 10数年後には 伊豆諸島の方と知り合い 興味も湧いて くさやを戴き 焼いて食べて…以来 恐怖のくさやではなくなったのである。 後日、母にそれを伝えたら「自分は 食べられない…」と笑っていた。
くさやを食べながら 母の記憶には あの時の事は残っていないだろうなぁ〜と思った。 でも、母のいる日にくさやを焼いて出したら…思い出すだろうか? たった一度の経験だし…無理かも知れない…。 でも、試して見るのもいいかも知れない。
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