母のタイムスリップ日記
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2004年05月04日(火) 独善的かもしれませんが…


 今日 家族の会だった。
連休も介護にお休みなしで遠出は無いという事でこの日も休まないとみんなの希望で休日振り替えにしなかったのだが…。
参加者が少なかった。

でも、これには それぞれの事情があり…。
介護環境の変化や冠婚葬祭等で 止むをえない事情が多かったのである。

少ない参加者でも 話は山のようにあり あっという間に時間切れ。

この中でのぼやきが…またいい。

ひとつは、訪問介護と訪問看護。
勿論 質的に違いはある。
でも、訪問看護の場合 大体30分が限度である。
訪問介護の場合、1時間から2時間である。

さて、どちらがより実態を知ることが出来るか?
看護婦ではないけれど、健康状態等も含めて長い時間居る方が良く観察でき実態を知り得るという事である。
状況によっては、様子を事業所ないしケアマネに連絡し よりよい方法を考えて貰えるのである。
そういうきめ細かさが、訪問介護には要求される。
しかし、訪問介護の待遇は とても低いと言うのも現実である。

いや、問題は訪問介護する人の質の問題もある。
利用者の苦情、仕事の辛さのみを訴えて 肝心の介護を受ける人の観察や対処が疎かという事も少なくないのだけれど…。

勿論看護の専門ではないので、問題を提起して判断は専門の方に任せるのだけれど…。

と言う話で 家族の会は盛り上がった。
何故そんな話になったかと言うと…往診の話で 大きな所は看護婦も同伴だけれど個人の医院だと医師だけの往診となってしまう。
じゃ、大きな所の訪問看護は良いのか?という事になり。この地域の訪看は「うん、納得という所が無いね」という話となったのである。
きちんと訪問看護なさっておられる方、この地域に限った事ですのでお許しください。

そこから、家族(特に親の介護の場合の夫の関り方)の手伝いが話題となった。「何もしないねぇ〜」が本音だった。
陰の力、緊急時の手伝いはあるけれど…。それも自分の親なのに嫁さん任せ…というのは良く話に上る。
介護にお休みはなくて…家族の食事の支度も含めて 当然のように妻任せになってしまっている。ある人は以前「何も判ってないから…手を出して貰わない方が楽」と言っていた。

じゃ、子供はどうか?
介護力として本格的参加と言う訳には行かない。
初めのうちは、自分が優先されない事にブツブツと始まる。介護で手が放せない状況でも話しかけられたり、「腹減ったぁ〜」等々。
でも、その内に自分を優先させる状況では無いと状況を理解できるようになってくるし…。親も孫が可愛いから 手を振ったり笑顔を見せたり…となってくる。少なくともここまでは、同居していれば判ってくるよねぇ〜。
とそんな話となった。

で、妻って結婚して 子育ての役割を負い、子供の手が離れた頃には親の介護が入ってしまい、自分の人生って…と思ってしまうね。
でも、それを愚痴っても何のプラスにもならないし…「こんなもんだねぇ」と割り切った方が良いんだねぇ…という事で一致した。
おそらく みんな 夫とか子供とかの話よりこの辺の事を言いたかったかも知れないのだ。

そして 兄弟の手伝いに関しても…。
いろいろ 在っても表立って言わない…これが基本かもねぇ〜。
これは、嫁の立場、娘の立場でも介護している者の一致した意見。
勿論モヤモヤとしたものは付きまとうけれど…。

で、昔から介護ってあったけれど…。
今ほどあれこれ言わなかった。痴呆であっても特に痴呆者としての扱いなんてしなかったよね。予防の為のあれこれって結構介護の重圧になっているんじゃないか…。果てさて、今の介護と昔の介護とどっちが親のためになっているんだろうねぇ〜。と。
そこで昔話として…。
親がお姑さんを介護している時 時に出て行かれないように桟咬めていてね。お姑さんの困った事聞かされて…。お姑さんからは、親の文句言われて間に入って困ったよぉ〜と言う経験談を。
一同「ん〜。恨み晴らしますって言うのもあるかもねぇ〜」と。
そして、昔は 年金なんて無いから子供が費用出して親を介護していたよねぇ〜。とそんな、話も飛び出した。

自分の祖父母の時代はそうだったのである。

介護に関る者の独善的話で有るけれど…こういう話ってほんとに途切れる事は無い…。そして、実際介護に当たっているものにしか通じない話でもある。


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