母のタイムスリップ日記
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土曜日恒例TBSラジオの永六輔の土曜ワイド 北山修氏と六輔氏の話題は、いつも興味深い。 今日の話は時間には2通りの時間があるという事だった。 直線的時間と回る時間だそうである。 直線的というのは、何時何分という時間。 回る時間とは、繰り返される時間で一年経ったらまた来ると言う物だそうである。(例えば桜の季節、来年もまた…) なるほどねと納得した。 季節柄だろう、お花見の話題にもなった。 北山氏の東京でのお花見は青山墓地午前2時だそうである。 桜を愛でるのに喧騒を避けたいと言う思いもあるようである。 確かに小さい頃は、お花見や夜桜見物は人が付き物でそれも大勢で雪洞の下で酒席…。子供は空の下で団子…。 雨降りの公園は、人もなくお店もなく…で寂しく感じた物である。 じゃ、今はどうか? 北氏じゃないけれど…静かに桜と向き合っていたい気分である。 こういうのって やはり年齢も関係するのかも知れないなぁ〜。
ラジオを離れた隙に人が死んだ時の話になった。 六輔氏が「北山先生は患者さんが亡くなった時 ご家族と立ち会い合いますか?」 と聞かれた。「いえ、亡くなられたら 席を外します」 「亡くなった時は、静かにして欲しいでしょ」 「ほら、良く音楽が好きだったからと音楽をつける人もいるけれど…おそらく 痛みや辛さから解放されたら やっぱり静かにして欲しいでしょう…」 「以前、ニューオリンズで葬儀に立ち会った時 埋葬するまではスローテンポの音楽を静かに流していて…埋葬が済んだ時ドラムをパカパカと叩いて大きな音楽に鳴ったんですよね」地域性で賑やかにジャズかなと思ったけれどやはり埋葬の時は違うと感じましたよ」と話されたいた。
人の死はやはり静かに…と私も思う。 父が亡くなった時も「良かったね。やっと楽になれたね」と心で声をかけた記憶がある。
六輔氏は、いろんな人が聞いている事を意識して「考え方の違いもあるでしょうけれど…」とやんわりと話していた。
昼少し前に 母の所に走った。 4月に入り また自転車に乗り出した。やはり、自転車だと早い。直線的に行けるけるからだなぁ〜。 母たちは すでに公園に出向いており お花見のご馳走を食べ始めていた。 超豪華な献立だった。 いつもは食べ方も忘れてしまったかなと思われる食欲のない方も自分で口に運んで居られて やっぱり青空の下、太陽から受けるエネルギーと言うものを感じずにはいられなかった。 食事の後には お抹茶で一服というおまけ付であった。 このご馳走 どなたが作ったのだろうか?
母は、満腹になるほど食べていた。
お花見から戻り ストレッチしながら療法士さんを待った。 今日は、家に戻ると少しハードになると思い 施設のほうへの訪問に替えてもらった。 母の浮腫みは相変わらず強くて…。足先から膝下までである。 家に泊まった時は多少緩和されたけれど 今週は浮腫みっ放しである。 療法士さんも今までにない程だと心配されていた。 通院の予定があるのでその時に聞いてみようと思う。 リハ後、また 散歩に出た。母の機嫌が良くないのである。 私が他の人とお話しているせいかも知れない。
散歩を終えて施設を後にした。 家について直ぐ畑に向かった。 残り半分の掘り起しである。 掘り起こして間もなく お孫さんを連れた方がいらして、少し立ち話。 これから、3年畑のお仲間となる方である。 「一日では無理で今日再チャレンジで…日没までに全部終えたいのです」と弾みで言ってしまった。 「あんた、これから日没までで全部やったらご褒美上げるよ」と言われてしまった。昨日は土が湿っていて耕すのに向いていなかったようだ。 今日は、さくっと掘れてスコップに土が付くという事もなかったので楽だった。そして「ご褒美」と言う言葉に励まされてとうとう掘り起こしを終えた。空にはお月様と星が光っていた。
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