母のタイムスリップ日記
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2003年12月24日(水) 罪ほろぼしに…

GHには、母を含めて3人のクリスチャンがいる。
時に集会を…と思いつつ 1度くらいしかしてない。
教会行事にも誘うつもりでも 母の調子、ほかの方の調子、施設の了解を得るのになかなか実現できなかった。
普段できなかった罪滅ぼしで 今日こそは…とプログラムを作り聖句カレンダーをプレゼントに準備して出かけた。母を家に連れてきて食事させたかったから先にGHでミニクリスマスをしておこうと思ったのだった。

昨夜のうちにスポンジを焼き サラダやチキン等の下ごしらえ、午前中には全て仕上げて出るつもりだった。
が、早めの食事を済ませたところに夫が帰宅。近くに来たので昼食を家で摂るという事で…。食事の準備をしてから恐る恐る聞いた。
「おばあちゃん、クリスマス礼拝に連れて行くから、帰りの足お願いできる?」教会から駅までは少しある。夜間なので不穏になるような気がした。
夫は「了解」と言ってくれたので助かった。
後片付けを済ませて 施設に向かった。

が、施設では別のフロアのクリスマス会だった。
そのフロアに2人のクリスチャンがいるのだ。仕方ないので プレゼントとプログラムだけお渡しした。
一人の方は、私の知り合いでもあるので「有難う来てくれたのね」とよろこばれた。「でもね、今日一緒にお祝いは出来ない…ごめん…。」

母に着替えをさせて 家に向かった。母や夫へのプレゼントを買ってなかったので途中で買った。

家に付いてお風呂に入ってもらいしばし休息。
それから、3時のおやつに手作りケーキ。おいしいケーキ屋さんのようにきめ細かなスポンジではないけれど…これはこれでそれなりに…。
母は、おいしいと食べてくれた。ジュースで水分補給。

暫くしてから お料理をセット。「綺麗だね」と母。
でもクリスマスという事は 直ぐに忘れてしまう。
今日の母は、何処かぼんやり気味だった。
待っている時に「みんなといると話せないのよ…。言葉が出てこないの…」
「なんてしゃべっていいか…わからなくなるの…」
そういえば、今日の母は多弁ではない。
「私と一緒でも?」と聞くと「そうでもないけれど…」
「大丈夫よ。ちゃんと話せているから…話わかるよ。自信持ってね」と励ます。やはり、言葉が出ない…という事がわかって辛いのだなぁ〜。
話したいんだなぁ〜。この所行事続きで母と話す時間少なかったなぁ〜。
ブランクはそう長くないのだけれど…結構 言葉を失って行くんだなぁ〜。
筋力も維持、折り紙も維持、絵を描くことの維持、排泄の維持、反射神経の維持…。
あ〜こんなにいっぱいあるぅ〜。
さて、何に重点を置こうかなぁ。

夕食もたっぷり1時間かけて戴く。ちょっとおかしな食べ方もあったけど…今日は目を瞑って…。

家から教会までは 歩いた。
歩きながら賛美歌をいっぱい歌った。そのたびに「何処行くの?」と聞いていたらちゃんと「教会」と言うようになった。
日が暮れてから外に出るととても不穏になる母なので出来る限り楽しい方…興味のある方向に意識を持っていく必要があるのだ。

教会に付くと安心したようにじっと座っていた。
祈り、聖歌隊の賛美歌に聞き入り、牧師のお話を聞き、燭火礼拝…。
母の記憶はぼんやりだけれど…教会にいるという事だけはわかるようだった。それにしても…賛美歌の節が狂い始めた。昨年はちゃんと歌えたんだなぁ…。何時ごろから始まったかなぁ〜。もう少し歌えば勘が戻るかなぁ〜。
あ〜またしてもリハかぁ〜。

礼拝が済んで 「御茶を…」と勧められたけれど…今日はどう在っても施設に帰らなければならない。夫も外に迎えに来ているだろうし…。
そんな訳で 茶話会には行かずに教会を出た。
暖かいので助かった。

夫からも言われたが「何故今日泊めないのだ…」
そうなんだよね。明日は、お休みだった筈の利用者さん訪問日で…。断れなかったのだ。「親と他人とどっちを大切にしなければ行けないか…判らないのか…」とお叱りを受けました。
もっともな事で…。「むにゃむにゃ…」と言葉を濁すしかなかった。
そこまで母を思ってくれて有難う…。

で、母と私を施設に送ってくれた夫は、其の儘 未だ残業している方の居る会社へと走っていきました。
ご苦労様な事で…。わざわざ 有難う…だなぁ〜。
こういう事があると 腹が立っていても許しちゃう…。計算済みの行動かな?

で 罪滅ぼしのクリスマスをこうして終えた。
我が家のディナーは…何時かな?


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