母のタイムスリップ日記
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2003年12月01日(月) 針仕事だよ。


朝、利用者さんを訪問した時、チャイムに反応が無かった。
2度3度と押してみるけれど音なし。
管理さんに言おうかな…と思いながら、ちょっとお出かけかもしれないし…と気を取り直して5度目のチャイムを押した。
「は〜〜い」と何事も無かったかのような明るい声が聞こえてほっとした。
チャイム数回押した事には、触れないで置いた。
台所では、煮物の匂いがぷーんとしたので、夢中でお仕事なさっていらしたのだろうと思った。

「これから、訪問の中にお散歩入れてくださいますか?足の浮腫みが少し出てきたのです。今日は、雨が降っているから無理ですね」と言われたので、
雨の日は絶好のお散歩場所があるので…とデパートに誘った。
丁度、内履きを購入したかったと言うので介護用品売り場に誘った。
はじめ「私は、元気だから…」と消極的だったので普通のズック売り場に行く。利用者さんが 気にいる物が無かったので「見るだけでも見てみません?母もそこで買っているのです。いろいろありますよ」とお誘いした。
行ってみて納得なされた。
履きやすいのである。特に脱ぐ履くは 手を掛けなくとも何とかはける。
「これは、いい」とお気に入りが見つかったようである。

何事にも前向きな利用者さんである。

活動を終えて家に戻って昼食を摂ってから母の所に向かうつもりだったが…
どうにも気力が萎えてしまいそうだったので、まっすぐ母の所に向かって家に連れて来た。昼食をとり始めると、母もおかずをつついた。
母の昼食は、済んでいた。
排便の確認を受けた後だったので、焼き芋を食べてもらった。
でも、何だか様子がおかしい…トイレに誘導するとやっぱりだった。
送っていた後、トイレを見ると排便の後があった。
なんだ、今日も出ていて、しかも少しやわらかだったんじゃない…。
焼き芋もよくなかったかなぁ〜。
自分が介護していないと こういう事もある。

ふと、足元を見ると、パンツのすそが全部糸が解けていた。
仕方がないので、脱いでもらい縫い始めた。
でも、母にも出来る仕事だと思い直して母に渡した。
始めは「もう、卒業したぁ〜」と言ったけれど…「そう言わないでよう〜」と励ますとちゃんと縫い終えた。
施設で、着用させる時、気が付かなかったのだろうな…。

その後、通院。
火傷の傷も回復は順調である。
診察を終えたら母が医師に向かって 唐突に「昔からずっと知っているから安心だぁ」と言った。医師も「そうだなぁ〜」と手をとって相手してくださった。

そこから、施設に戻った。

そう、そう。
今日、我が家に入る時「ただいまぁ〜」と言った。
このところ、我が家に来る事が多いので、感覚が「家」となっているのだろう。施設は「学校」と成っている。
施設の事を学校とは、一度も言った事がないのだけれど…母の中では 今そうなっているのだろう。


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