母のタイムスリップ日記
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施設に母を託していながらも 少しだけ関り続けている主な事は、機能の維持と生活に花を添える事かなぁと思う。 生活に花を添えると言うのは、なかなか外出する機会もないのでいけない場所に連れ出す事。そしておいしい物を食べてもらう事等がある。
今日は、その食べる楽しみについて…。 戦争を乗り越えてきた母の世代の人は、食べる事に贅沢はあまりしなかった。 「何が食べたい?」と聞いてみると「お寿司」と言うくらいかなぁ〜。 じゃ、お寿司をたくさん食べるかって言うとそうでもない。口で言うほど食べない。 ステーキに野菜サラダの方がたっぷり食べたりする。
そう、弟に伝えたら 「ステーキやに連れて行ったけれど食べなかったよ」と言われた事がある。ステーキと言っても柔らかくないと食べられない。 ヒレのステーキなら今だってぺろりである。ヒレなんて滅多に食べられないけれどハンバーグステーキだったら大丈夫。それも和風に大根おろしなんてかけたら…そりゃ もう…。 要は料理名を口に出来なくなっているんじゃないかと思ったりする。
1日の昼、夕食は家で取った。2日の昼も。 母は、私たちと全く変わらない量を食べる。 「おいしい」と言う。 時に食べている途中で入れ歯を外して湯のみに入れてお掃除なんかしたり、お皿に入れ歯を載せて箸で付いている物を取り除いたりするけれど…。 それは、入れ歯がきっと合ってないからでこちらのミスだから「汚い」なんて言えない。傍にいたら気持ちよくないけれど…。
1日の夕食にかど(生のニシン)を焼いた。 かどは、母の好きな魚のひとつである。 残念な事にいつもお店に有るわけではない。数日前、市場の直送市があり新鮮なかどを手に入れた。ちょっと高めなので夕方まで待って値段が下がってから買った。一塩にして冷凍保存をしていたのだった。
食べる事は大好きな母だけれど、いかんせんゆっくりなので食べるいる内に冷めて来てしまう。それで、出来た順から食べ始めて貰う事にした。 秋刀魚より大きな魚を丸ごと一匹。はらわたも食べられる。 焼きたてをテーブルに載せると母は背の方から箸を付けた。 ちゃんと食べられるかなと気になったが骨を外し口に入ってしまったしまった小骨も上手にとって綺麗に食べていた。ご飯や味噌汁おひたし煮物などもころあいを見計らって運んだ。これらを全量食べきった。 いやいや食べたのではない。「おいしい」と目を輝かせて食べた。 施設の食事の倍近い量だろう。 満腹感がなくなってしまったかなと果物を勧めてみたら「もう お腹パンチクリン」と言っていたからその心配はないと思う。
年齢から考えても多い量かも知れない。 「何事も8分目が丁度良い」と言うけれど、毎日そうしてる訳でないし、楽しんで食べられたのだから…。もう、90近いのだし、完璧な食事って言うのも何処か味気ないだろう。 おいしいと思って食べられるうちは好きなように…と思う。
終末期になると食べたいと思っても 口すらに出来なくなる。 父が入院している時 病院の食事は食べなかった。「ラーメンが食べたい」と言われて 父の好きなお店に走り タッパーに入れて貰った。走ったのは一度だけではなかった。時に半量 時に数本しか食べられなかった。 そんな場面が頭に焼き付いている。 お店の日人が快く了解してくれたのはきっと、看取りの経験者なのだろう。
母は、未だ食べる事を味わえて楽しみも持っているのだから…食べるという事も大切にしてあげたいのである。
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