母のタイムスリップ日記
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| 2003年09月20日(土) |
気が付かなかったぁ〜 |
施設に着くと職員から「今の地震すごかったですね。ここもかなり揺れて大変でした」と言われた。 「?」と訝っている私に「震度4だそうです」と。 「知らなかったぁ」と言うと怪訝な顔をされて「10分くらい前です」と言われた。 丁度、バスに乗っている時で不覚にも気が付かなかったのだった。
昔から地震と言うと「震度1」でも俊敏に感じる方だったのだが、筋腫を抱え貧血状態が常となってからと言うもの地震か眩暈か区別がつかない程鈍感になってしまった。 母に「自身怖かった?」と聞くと全く記憶になかった。
リハのため我が家に向かっている間バスを乗り継ぐのだが、その間中「寒い寒い」と連発。 半そでの下着に7分のTシャツ。その上に麻のジャケットを着用。下は5分パンツの上に総裏付きのパンツなのだけれど…。 私はと言えば、半そでのTシャツに7分の綿パンで寒いとは感じない。 母の手足や、ほっぺは確かに冷たかった。血の巡りが悪いのだろう。 痴呆が進むとこういう現象が良く起きる。
家に着いても下を向いている事が多かった。 「どうしたの?」と聞いても「何でもない」と言うし「げ・ん・き?』と聞いても「げんきだよ」と言うのである。 外で療法士さんが来た気配がしたので、トイレ誘導して居間へと移動して貰った。その間にドアを開けた。 居間に行くと母は、長座布団にパンダの枕に横になっていた。 リハが始まるなんて 母は理解してる訳でなくて、たまたま 布団があったので横になっただけである。 以前の母なら自分のための布団と判れば横になっても敷いてある布団に横になる事なかった。 拘りが薄れているのだなぁ。 もっとも、介護する時にはこの方が楽ではある。
今日は、新しい療法士さんになった。 お若い。おそらく娘と同世代であろうと思う。 母の話等しているとご自身が4年前にくも膜下出血を起こして失語状態となったことが有ると話して下さった。 見かけ上は、何も変わらないので不思議な顔をしていると「頭には手術の跡が残っているのですよ」と言われた。 話したいのに声が出ない、言葉が不明瞭、声がかすれる等があったそうである。病院でリハしている頃はまだ良かったけれど、退院してみて話す相手が顔をしかめるので愕然としてやる気が起きなかったそうである。 「これからが長いのだ。なにくそ」と言う思いがここ迄立ち直らせたのだろうと思うとも言われた。
私の訪問先の方、最近知り合った方の話母の話等を交えていろいろお話をした。そして、あらためて「心」がとても大切な鍵であると感じた。
リハの途中から母は、軽いいびきをかいて眠った。体位を変えると目を覚ますのだけれどまた直ぐ眠ってしまう。 下を向いていたのは、眠かったのかも知れない。
リハを終えた母は、元気になった。 塗り絵もストライプ模様や、水玉模様を入れながら洋服を仕上げていた。 一日の流れの中でこうもアップダウンするものかと驚いた。
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