母のタイムスリップ日記
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2003年04月08日(火) テレビで気が付いた


 今朝、少し遅めの出勤の娘が「ねえ。ちょっと」と呼んだ。
「何事?」と思い行ってみると出勤準備しながらテレビを見ていた。
NHKの「生活ほっと」だった。
施設を利用できないという家族の話だった。
ある地域で、特養待機が3から10年後という事だった。
10年後という事は無いと思うけれど・・・。とは話していたが驚いた。

今、老健等を利用しながら特養待機者は大勢いる。
また、一人で数箇所を申しこんでいる人もいるだろうからそういう数字になるのだろうが…。

ゲストの歌手の水前寺さんが「施設が少なすぎます」と言っていたが、そして
施設職員の待遇がよくないから成り手が無いとも言っていたが…。

でも、器を増やして解決するのだろうか?
職員の待遇をよくして解決するのだろうか?

例えば、ベビーブームに学校を増やした。でも、その結果、学校が荒れていった。(荒れたのは学校が増えたからだけではないと思うが)また、今 学校が統合されて使わなくなった学校が生まれて来ている。
其の時代のニーズにのみ合わせて器だけ増やしていってよいと言う物でもないだろう。

最後に、「厚生労働省は今 地域に根を下ろした施設を考え始めている。」と締めていたが…。

娘は私を呼んで「当たり障りのない話に終始している」と言いたかったらしい。
半公共放送なのだから仕方がない。

でも、私は一つ気が付いた。
其れは、看護士さんが話された事。
訪ねた時「帰れ」と言われて「はい。それでは失礼します」と外に出る。また、たピンポンで訪ねる。其れを訪問時間内に繰り返し、その隙間で受け容れてもらえる場合も有るし、そうできなくともドア一枚で安否を見ていることも出来、仕事を遂行できる。
そんな話だった。
10年前の私だったら、納得いかなかっただろう。
でも、今 「それも有りだね。いい知恵だね」と思える。
母の介護をしてきて、また、介護者との出会いの中でそういう含み幅の大切さに気が付いた。
そこから、訪問介護は始るのかも知れないと思った。

介護している家族は、日々 其れを繰り返している訳なのだから。
安全とか、具体的介護は信頼関係を作り上げて初めて成り立っていくのだろう。
いや プロなのだから できる限り梃子摺らない知恵や工夫は必須である。
でも、そこだけに拘りすぎると介護者は育っていかないだろう。
介護者は、その時はひたすら我慢を強いられるのだろうけれど。
そういう我慢をして花が開くなら介護者も納得できるかもしれない。

母の所に行った。
丁度 母は塗り絵を始めるところだった。昨日、塗りかけた所がどうなっているだろうかとページを繰ってみた。
枠だけを塗っていた。これさえも出来なかった母なので少しよくなって来ているのだろう。其の続きをして貰った。
其の傍らで、職員さんが出してくれたステンシルをIさんとFさんとしてみた。
チラシを使い花の型を作り塗ってもらう。葉の形を抜いて塗ってもらう。
「はんこを押すようにね」とアドバイスすると注意深く押していった。
型を放すとそこに花が咲いた。二人とも「わーっ」と喜んだ。
Iさんは「私、遊ぶ事しなかったから…」と参加しないのが通例だったが今回は、楽しめた。そこに「春」とペン書き、記名してもらった。
其の一連の騒ぎを羨ましそうに母は見ていた。ちょっと、不満げ。
あわてて、母にもして貰った。
3枚のステンシル画が出来上がった。急場しのぎの型作りだったので厚紙で型を作ればもっとみんなで楽に楽しめそうだ。





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