母のタイムスリップ日記
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2003年04月06日(日) 筑紫の佃煮(良い患者の…)


 昨日、筑紫を佃煮にした。
春の風を取りれたつもりだったが、どっこい、母は口に運んでみる物の繊維が残りなかなか食べられなかった。
母は、繊維の多い野菜は不得意である。でも、サツマイモとか筍とか牛蒡は好きである。苦手なのは、蕗とか葉っぱの繊維がどうにも不得意のようだ。
「好き嫌い」を子供の前で言わない母だったので介護するようになって初めて知る事となった。
初めは、入れ歯だから仕方ないと思っていたのだが どうやら そればかりではないようだった。

今日、施設に行った時昨晩の睡眠が気になり尋ねた。やはり何回か起きたようである。「おそらくトイレでしょうね」というと「そうみたいでした」と。
布団から起き上がりトイレに行く事が出来ないのだ。
昨日、夜 水分を多く上げた訳ではないが、食事の時間が遅かったので全てずれ込んだと思う。こういう事は、やはり 調整しにくいので家に一泊させた方が母の為にも施設のためにもいいような気がする。

母は、今日塗り絵に挑戦していた。長く続かないが でも、やってみようという気になったのがわかって嬉しかった。
血圧が高めとなったので、散歩した。今日は戻ってから再度計ってもらった。
すると、30近く下がっていた。母は、散歩の効果が 直ぐ数値となって現れるのだ。やはり、適度の開放が血圧によく反応するのだろう。

昨日、ひさし振りにラジオに耳を傾けた。
TBSの永 六輔の土曜ワイド。
そこで、耳にした事。
介護は、織物の要領で。
縦糸になる身体介護は、社会で(汗をかく介護)。
横糸になる心の介護は、家族で。
生命を支えるという事は、縦糸、横糸がうまく紡がれることが大切と言う。
でも、医療は本来 縦糸横糸両方あるものだったという。
最近は、安全を意識するあまり暖かな医療がなくなりつつ有るのだそうだ。
本当は、医療側と家族の両方が互いに育っていく事が大切とも言っていた。

「良い医者の10か条」と言う物に対抗して「いい患者になるための10か条」を提言していた。
其の中で、特に笑ったのは…。
 誤診、医療ミスでは驚かない。
 簡単に告知させない。
 命の終わりは考えない。
 「臨終です」と言われたら死んだフリをする。
と言う所だった。
痛いところを突いている。でも、そういう事を頭の隅に置いていく事も必要だと思う。医者だって人間ですから。こちらも、また人間ですし。
病名を知る事もとても大切な事だけど、死ぬまで人間で有るし、心のある医療を受けたいと切に思う。
やはり、共に生きる事が大切な視点であると思う。

施設も同じだと思う。
在宅にあっては、家族が縦糸にもなり横糸にもなる場合が多いかもしれない。
そこに、デイやヘルパーなる縦糸が絡む事になるのだろう。
だから、なおの事注意深く紡いで行く必要があるのだろう。


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