こころの大地に種をまこう 春名尚子の言霊日記

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2003年02月16日(日)  嘉手納基地にかかる虹 1

16日から18日の3日間、那覇から本島北部の東海岸のとある街まで、歩いて出かけた。
その道のりは約70キロ。
一日の行程を終えるとバスで那覇に戻り、朝再びその地点までバスに乗って出かけるという方法で歩いていった。


 歩くということは、内に入るということ。
 私の中でいろんなことがつながっていった。


 基地を横目に見てひたすら歩いてきた。いろんな感情が渦巻いてくる。


「湾岸戦争の時は、この嘉手納から爆撃機が飛んだんだなぁ」と思っていた。


私が問題意識を持って世界を眺めはじめたのは、2001年1月17日湾岸戦争の勃発がきっかけだ。

その後、喜納昌吉&チャンプルーズと出会い、音楽でメッセージを伝えて行くという方法に惚れこんで沖縄に渡った。

あれから13年の月日が経った。

 喜納昌吉は、新しい戦争を止めようとイラクにいる。私は沖縄にいて祈りながら歩いている。じわじわとうれしくて幸せな感じが湧いてきた。13年前よりは確実に進んでいる。
 歩いて来れたよね?。道はまちがっていない。そう信じよう。

 足が痛い。つかれてきた。けれど、この瞬間に、喜納さんやみんなはイラクでがんばっている。そう思うと足をとめることなんてできない。

 歩くこと、祈ること、感じること、そして書くこと。

 平和へむけてのアクションを続ける喜納さんたちと別れて、私が選んだ道はそれだ。
 自分が信じた自分の道をひたすら歩こう。

 私が歩いてきた道は、間違ってはいなかったと確信しながら、
 一歩一歩、大地と空に祈りを捧げながら歩いていた。

 出発から5時間ほど歩いていた。

 北谷ハンビーを越え、右手には広大な基地が延々と続く。黒人や白人、米兵たちとすれ違いながら。しばらくあるくと雨が強く降ってきたので車屋の店先にて雨宿りをした。

 少しつかれたと、階段に座りうなだれる。友だちにメールを送り、ふと顔をあげると、道をはさんで基地の林の真上に虹が出ていた。

 米軍基地に虹が。

 虹は地球からのメッセージだ。
 祈りが通じたことを実感して、涙があふれてきた。

 地球や神様からのこのメッセージを、きっと喜納さんもイラクで受け取ってくれているだろう。 

 雨もやみ、胸の中に射し込んできたあたたかい光と共に、再びあるきはじめた。
 歩き始めたら、またいろんなことがこみ上げてきて、泣けて泣けて仕方がなかった。
 ひたすらに感動しながら、歩いた。
 涙が止まらなくて、感動が止まらなくて、仕方ないから走った。

 何時間も歩き続けてきたけれど、それでもエネルギーはあふれていた。


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