と、言う訳で珍しく昼頃に出かけて『悪夢探偵』を観て参りました。珍しく早出だったので『リトル・ミス・サンシャイン』も観てきました。「リトル〜」はやたら混んでいたのですが、評価高いみたいですね。個人的には下の階のパルコミュージアムで行われていた「シアタープロダクツの現場」が、気になるので来週でも行ってみようかと。
さて、いつもは人ごみでウザイと思って歩く渋谷でしたが、ふとこの人ごみが“心地いい”なんて感じてしまったじぶんは軟弱ですな。基本的に街歩きが好きな自分ですが、ここの所余りに籠る日々が多かったので人の温もりとは言いませんが人恋しくなっていたのかもしれませんね。いい加減霞を喰う様な気持ちになるデジタル仕事がつくづく不向きだと思いますは。出来る事なら、フィールドワークとディスクワークが均等に有る様なお仕事に移りたいです。
個人的には昨年暮れ位に働いた[勘]が申すには、今年の裏テーマは再考“ナンシー関”です。没後5年です、松田優作にまつわるイベントを参考にするなら集金の周期(一周忌、三回忌、5年、七回忌、10年、十三回忌、15年・・・)でも有ります。昨年からダラダラと始めた、吉田豪の本を古本屋で探すのと一緒に、ナンシー関の本を捕獲してみようかと思います。
『悪夢探偵』 塚本晋也はhitomiよりも自分の方が好きでしょう。だって、アップになった時の画が圧倒的に自分の方が綺麗だもん。まあ、今回のキャスティングでhitomiに要求されるのはタッパを含むあのスタイルと髪、ハスキーで低い声の存在感だけと言って良いと思う。やっぱり周りの映画ベテラン組といると演技が酷い、と言うのかアテレコが酷いと言うのか、肌が酷いと言うのか。本人も大変だったと思うよ。
アップになればなる程、この人ってこんなにビジュアル(顔)にインパクトが無かったかぁ!と思う程地味な顔だった。スタイルとか考えたらサトエリの方が演技できたんじゃぁ?なんて考えてしまうが、あれはあれでバカキャラのイメージが邪魔かな。
内容に触れると、ごめんね、結構こんな話有ったと思いながら観ていたんですわ。もう、全体的なモチーフは『夢幻紳士』、意識・無意識・肉体・精神が共存する世界観って、エヴァ辺から95年以降のアニメでも頻繁に扱われていた様に思うけど。夢ではなくてヴァーチャルゲームだけど、最も初期の「.hack」アニメ版のラストとかもこんな世界観の交錯が有った様な。
でも、塚本監督は多分ずっと、現代人が自らの肉体≒現実と精神≒夢の乖離を内包したまま他者との共感や同調みたいなものを渇望する危ういバランスを、SFとか妖怪とかのギミックは極力避けて、主に我々一人一人が持つ血肉の範囲を持って表現しようとしている。
今回は夢と言う非現実的な表現に見える世界を隣に置いたけど、出てくる夢はあくまでも個人から捻出される産物で、描写も記憶(現実)の延長線上に留めている。(「パプリカ」とは逆の表現法かな)−−これには異論も思いつくけど、今は推敲して書いている時間がないやぁ。
最後に、パンフ読んだ感じでは今回みたいに重い話意外にも長短話のバリエーションが有る様なので、TVの特版や、webシネマ、番外編などメディアミックスも可能なキャラだと思います。根本的に実写シリーズ化にはhitomiのキャスティングをなんとか再考する必要が有るとは思うが、監督たってのキャスティングであったと言う事を考えると、彼女の演技力がUPすればそ問題は無いかも。
『リトル・ミス・サンシャイン』・imdb
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