声の音

2003年01月08日(水) あなたからの手紙を開く音が好きでした。

今年来た年賀状をまとめた。

私はメールも好きだけど、電話も好きだけど
手紙が一番好き。
手紙を書くのももらうのも好き。

昔(といっても3年?位前までだけど)
ゆきちゃんに手紙を送り続けたときがあった。
その時彼女は海外に留学していて
私は彼女に何通も手紙を書いた。
彼女からのメールも何通も届いた。

そのころ私はお金がなくて時間もあまりなくて
(馬鹿みたいにまじめな学生だったんだ)
彼女の留学先まで行くなんてとても考えられなかった。
だから私のできることは、電話と手紙くらいだった。
電話は相手の負担になりそうで
なかなかかけられなかった。
彼女は彼女で何か考えるところがあったのか
滅多にかけてこなかった。
かけてくるときは、元気だよ、という言葉の音に
ぜんぜん大丈夫じゃないものが混じっていた。

外から帰ったとき、電話があったと家族に聞くと
即効で電話した。
そばで何もしてあげられないから
話を聞くだけでもしたかった。
私はそうやって必要とされていたかったんだと思う。

彼女からの手紙が嬉しくて
それと同じくらい彼女を喜ばせたくて
いろんなことを手紙に書いた。
「ドラえもんのポケットみたいな手紙」って
言ってくれたのがすごく嬉しかった。

高校を出てからその数年間、
まるで遠距離の恋人のように私たちは過ごした。
大きな休みに日本に帰ってくるたび
家に呼んだ。家に行った。
何日も泊まった。一緒に遊んだ。

多分一人の友達にこれだけ執着したのは
最初で最後だろうというほどだった。

絵を描いたり、詩をもらったり、プレゼントをやり取りしたり。

私は何の疑いもなく
彼女とこんな日が続くのだと思っていた。
でも私は彼女のことを何も知らなかったのかな。

それから彼女はTと出会って恋をして
私から離れていった。
それは悪いことばかりではなかったんだと思うけど。
思いたいけど。

恋をするということがこういうことなら
私は恋はしない、したくない、できない。

あのころのゆきちゃんに戻って欲しいんじゃない。
でも、あのままのゆきちゃんで大人になって欲しかった。
悪いことを悪いと言ってくれてたゆきちゃんを望むのは
私のわがままだったんだろうか。

Tとそういう仲になってから
こなくなった彼女からの年賀状を思った。
もうお正月も終わりです。


 < 逝く日  目次  来る日>


水井ちな [MAIL]