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■ やっぱり平和について。つまんない意見。
今日はまた、地に足のつかない話。
正義が揺らぐ時代。自由もまた、揺らぐ。
「テロリズムは自由社会への挑戦であり、断じて許されない。」 そのとき、挑戦する自由というのは認められない。テロを認める自由もない。
謙遜について謙虚に語る人は少なく、貞節について純潔に語る人は少ない、とはパスカルの言葉だそうだ。つまり懐疑主義について疑ってかかる人は少なく、子どもについて天真に語る人は少ない、と、小林秀雄。
たいていの人間はマイクを使って胸を張って「謙遜について」の講演を開き、「自由」という議題でCM入りまでにいかに論争相手をとっちめるか、朝まで六本木のテレビ局でがんばっている。
自由について、自由な物の見方で語る人は少ない。
たとえば、ひとつ。 イラクの戦後処理で、国連決議でもアメリカの一人舞台だったという。 最後まで武力行使に反対し、国連総会では拍手喝采を浴びていたフランスやドイツは、決議に関してほとんど何も影響力を持てなかった。
今となっては、フランスやドイツのほうから、アメリカと関係を修復したいとすりより始める始末で、彼ら「協調路線」は完全に敗北したといっていい。
そう、「僕らの自由」にとっての問題は、結果的に日本が「勝ち組」に入った、ということにある。
勝ち組もへったくれもない、小泉さんは現時点で外交的に一番大成功している指導者の一人になってしまった。 このまま「悪の枢軸」をつぶしにかかる勢いかもしれない。
イギリスのあるメジャーな週刊誌は日本、アメリカ、イギリスを「善の枢軸」と呼んだそうで、さすがにイギリス人のブラックジョークはキレがあって鋭い。
United Nationsをどうして「国際連合」と訳せるのか知らないが、結果的に「国連」を無視する戦争大好きな国と一緒に「枢軸国」入りを果たすなんて70年ぶりの快挙じゃないか。
戦争反対、戦争は野蛮で不必要な人殺しだ、と良心的に叫ぶ人よ、じゃあ、今の日本の立場と、フランスの立場と、どちらが大きな発言力がある?
もちろん、僕は戦争なんて絶対に経験したくない。今の憲法は、なんだかんだ言っても胸を張って世界の友人に自慢できるものだと思っている。
その上で、聞きたいのだ、武力行使に反対するだけで、世界から戦争がなくなるか、と。 フランスのように、発言力がなくなってもいいのか、と。
そのフランス、パリに平和学研究所がある。 いつか、戦略的平和学を勉強したいと思っている。ただ、ハンターイと叫ぶだけでは、絶対に戦争は続くと思うから。
広島市長の秋葉さんはいつも言うのだ、「ヒロシマ、ナガサキに続く第3の核攻撃を今まで避けられたのは、被爆者たちの声があったから」
やっぱり、その意見には限界があると思う、もしアメリカが実際に戦術核、小型核を使っても、小泉さんは「アメリカを支持する」としか言えないだろう。 「うなだれる広島市民」といった記事が新聞に載るだけだろう。
それじゃ、あまりにも情けないじゃない? もっともっと、戦略的に行こうよ。と思う。 ハイ、夢を一つばらしちゃいましたネ。黙って実行するようなかっこいい男になれたらなあ。
2003年05月27日(火)
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