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■ 同期の動機、探検する彼とよどむ俺
今年、カープの2番は木村拓也だ。也の字に注意。 本人がどう思っているかはともかく、メディアでの通称は「カープのキムタク」である。まあ仕方ないと言えば仕方ない。
ひょろっとした体で、微妙に足が速く、守備もそつがない。バントとかきっちり決める。 全身から「カープの選手です」というのがにじみ出ていていい感じだ。上岡龍太郎が一番嫌いなタイプである。
(何年か前テレビで上岡龍太郎が「カープは昔からセコイ野球しかしませんからね。そこまでして勝ちたいか、ゆう野球ですもん」と言っているのを聞いて、じゃあてめえら阪神は300年ぐらい負け続けてろよ勝手に、と広島人同士でののしったことがある。その後カープも阪神も毎年のように最下位争い。今年は・・・)
さて、カープのキムタクはちょっとまえ、ローカルの正月番組でインタビューに答えて言っていたことがある。
「・・・そのうち、僕が『キムタク』で、向こうが『スマップのキムタク』と呼ばれるようになりますよ」
われらが「カープのキムタク」に乾杯。「漢」を感じた。そんな彼ももう30代。
『岳人』6月号に、探検記が一本載っている。
西チベット最奥部、ヤルツァンポ河流域の単独行で、一部は初踏査だそうだ。この人は同じ大学の出身で、76年生まれだからあるいは同期かもしれない。まあそんなことはどうでもいい・・・とは、言えないんだな俺が俗物なせいで。
なんというか、「高校野球の憂鬱」に近い、とでも言うか。 小さいころ、暗くなってボールが見えなくなるまで近所で野球やってたころ、テレビに映る甲子園のお兄ちゃんたちは、ものすごく立派で、大きくて、かっこよく見えた。
ふっ、と気づいた時には、「おう、こいつガキみたいな顔してエエ球投げるじゃん」とか言っている元・高校生の俺がいた。はじめて、あれ、いつのまに追い越しちゃったんだ・・・と思ったとき、なんだか恐ろしく寂しいような気がした。
それに近い、ああ、俺はこういうことができる歳だけど、実際には何にもできていないんだな・・・と実感させられるような、うっすらとした焦りと諦めのような感情。
つまりは嫉妬しているんだろうと思う。
しかも、歳の問題だけじゃない、俺はもしチベットを旅行することはあっても、断崖絶壁を一人で潜り抜けていくような、探検と呼ばれる種類のことをすることはないだろうと半ば確信して、だから彼の探検記に嫉妬した。
ものすごい発見をして、英国王立地理学協会で輝かしい講演をするオレ。日本へ帰ってコーヒーのCMに出たりしてるオレ。違いのわかるオレ。
なんていう、いかにも俺らの世代が言いそうな微妙なボケを、読んでやりながら、やり場のないイライラを抱え込むのだ。
イライライライライライライライライライライライライライライライライライ
何がコーヒーじゃ。何がダバダ〜じゃ。21世紀を生き抜くためには、マキシムのCMで歌っているのがクラムボンの郁子氏だということがわかっていればそれでいいのである。
2003年05月23日(金)
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