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■ 長い休暇、の、終わり
日本へ帰ることになりました。
いつ言おうかと思ってたんだけど、日にちが決まったので今日書いてみた。隠してたわけじゃないんだけど、やっとマレー日記も軌道に乗ってきたのに、こんなこと書きたくねーよなあ。 二週間後です。急でしょ? 来るときと同様。
帰るとなると、いろんなことが心配になってくる。 例えばこの日記。やめる気はまだないけど、タイトルどうするよ? 「元・マレー滞在記」・・・うーむ、誰も読みたくないと思ワレ。
例えば、やり残したこと。 山: きっついの一つと、普通のいくつか登った。「優」 川: 半日だけど下った。「良」 海: ライセンス取ったときの一度だけだけど潜った。「可」 街: 東海岸行けなかった。ここからでも遠いのに、もう行く機会なさそう。 ただし、西マレーシアの古い町は一通り訪れた。「可」かな。 人: 友達少なすぎ。「不可」 女: 言うまでもなし。不可、というより評価対象外「否」 物: ほとんどないが、マラッカで買ったニョニャ様式の茶器は けっこうお気に入り。「優」 (「ニョニャ」は16世紀とかに移住してきた中華系の人たちとその文化。) 言: 最近やっと、マレー語日常会話の初歩を少し聞き取り始めたところ。 一番残念かも。「不可」 職: あの、クビとか、飽きたとかじゃないです。 でもとにかく中途半端で残念。評価できず
書いてみるとくだらん心配しか見つからない。
たしか初めの頃に、このマレーシア暮らしを「2年か3年になるだろう、長い旅行」と書いたのだが、「1年」に短縮されたとはいえ、長い、そして深い“旅行”だったと思っている。
俺が例えば、年譜を編まれるような大物になって死ぬとしたら、この滞在は「青年期のiwammyに多大な影響を与えた」と注意書きがされるのだろうか。いやだなあ、そんなまとめられ方。
長い旅行。
いま、借りてきた『ロングバケーション』のVCDを見ているのだが、若かりしキムタク君がだめだめピアニストを演じているのを、なぜかめっちゃ熱い気持ちで眺めている(いや〜実は初めて見るんですわ)。
「なにやってもうまくいかないときは、神様がくれた、ながーいお休みなんだって、思っちゃだめかな」
俺、うまくいかなくてもいいから、死ぬまでお休みがいいよ〜神様あ。
荷造りしよ。
2003年04月07日(月)
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