ジョージ北峰の日記
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2015年11月04日(水)

  これまでの話で、癌の治療を考える場合、「癌細胞の分裂・増殖を阻止する必要は全くない」ことだけは絶対に理解しておいてほしい。
 この点はこれまであまり取り上げられなかった治療戦略なので特に強調しておきたい。

  この方法は、癌細胞を薬物治療する訳ではないので、正常細胞に害が及ぶことがない。ただ癌細胞の増殖に必要なエネルギーを何らかのかたちで低下させること出来れば良いだけである。
 
  いろいろな戦略があるだろうが、考えられる戦略の中から、比較的手軽で簡単な方法を考えてみよう。

  1)一つは正常の細胞は代謝出来るが癌細胞は、全く代謝出来ないか又は代謝困難なエネルギー源を見つけること、か、または2)癌細胞の分裂に必要な蛋白合成を容易にさせない手段を考えることだろう。

  1)は癌細胞のエネルギー源を絶つか、または減らす方法であり
2)は癌細胞にエネルギー源を無駄遣い(消費)させ、分裂に使わせないことである。

  1)の場合、理想はグルコースの化学構造を少し変え正常細胞は代謝できるが、癌細胞は代謝出来ない化学物質が合成できればよいが、合成化学でも専攻していない限り、残念ながらそんな物質を合成することは出来ない。また、そのような物質合成に成功したとしても、実用化するには相当時間がかかるだろう。
  だが、自然界に存在
する化合物で、例えばグルコースではなく代替化合物としてガラクトースを使えばどうなるだろう。ガラクトースはミルク中に含まれ、赤ちゃんの発育には欠かせないが、生体の細胞が、ガラクトースをエネルギー源にするためには一旦グルコースに変換しなければならない。またジュースに含まれる糖、フルクトースも同じだろう。これらの糖をグルコースの代替物として使った場合はどうなるか?

  ガラクトースを実験に使ってみると、癌細胞の大半は死ぬが、問題なのは生き残った細胞の悪性度にあまり大きな差がない。

  しかし癌細胞集団にはガラクトースを代謝できない細胞が多数含まれている、ことは確かである。ただ、ガラクトースをグルコースに変換する代謝経路は比較的簡単なので、この経路をすり抜けた癌細胞の悪性度はあまり低下していないのだ。

  現在行われている絶食療法では、エネルギー源としてグルコー スの豊富な食品ではなく、代わりにガラクトースやフルクトースを含む牛乳やジュースを使う場合が多いので、多くの癌細胞は代謝出来ず、ある程度有効に働くと考えられる。

  また動物を使った絶食実験で、a)動物の摂取エネルギーを著しく低下させた動物と、b)通常のエネルギーを摂取させた動物とで、癌細胞の増殖と宿主の生存期間を比較してみると、a)のグループで著しい生存期間の延長と癌細胞の増殖の低下・消失を見る。

  糖尿病(I型、II型ではない)はインスリンの分泌が著しく低いか又は消失しているので、生体の糖代謝が著しく低下している。
この糖尿病動物をつかった実験では、癌細胞の増殖の著しい低下か、または消失が認められる。

  これ等の事実は、癌細胞が癌細胞らしく振るまうためには、分裂に必要な多量のエネルギーが供給されることを必要としていることを示唆している。


  しかし癌を治すために人を糖尿病にすることは出来ない、また、動物実験で動物を飢餓状態にすることは可能だが、人間では癌に対する飢餓の効果を測る科学的データを得るにはかなり大規模の調査が必要になるだろう。
  ただ、飢餓に近い状態を維持しながらも、成体の健康状態を或る期間維持できる条件を見つけていれば、よい結果が得られるかもしれない。

  糖尿病に関しては、「癌患者を糖尿病状態にして、癌の消失を確認した時点で、糖尿病を治療することが出来れば治療に応用出来るかもしれない」と笑い話で話したことは何度かあった。

  現代では、そのような治療法の確立も可能かもしれない。つまり白血病細胞の骨髄移植と同じ原理で、まず癌患者のランゲルハンス島を破壊、患者を一時的に糖尿病状態とする。 そして癌治療が成功したことが分かった時点で、再生ランゲルハンス島を移植するのである。現在ではこの方法も、最早夢物語ではないように思う。

  老齢者の癌は、若い人の癌に比べて著しく増殖が遅いことが知られている。発生母細胞が老化した細胞であることも考えられるが、老齢者では物質代謝が衰えているので、癌の増殖が遅くなっているとも考えられる。
 
  だとすればある年齢以上の老齢者の場合、癌は放置しておいてもよいかもしれない。
  むしろ何もしない方が、生体にとっては良いとさえ言えるかもしれない。

  癌の薬物治療に際して、体力を保つ為に癌患者に十分な栄養と休養を与える方が良いとも考えられが、この方法はむしろ逆である。
何故なら、癌が栄養を利用する能力は正常細胞より癌細胞の方が格段勝っている。
  つまり癌細胞と正常細胞の栄養の取り合いでは、正常細胞は癌細胞に勝てないのだ。
  癌患者に、体力を向上させる為に栄養剤を無原則に投与するのは、逆の結果を生む可能性がある。

 少し余談かもしれないが、栄養の取り合いで癌細胞に勝つ正常細胞があるだろうか?
  実は、そんな細胞が人には備わっているのだ。それは筋肉だ。筋肉トレーニングをすると、筋肉は血中からエネルギーを多量に摂取・消費する。その上、筋肉は肥大して、より多くのアミノ酸とエネルギーを必要とするようになる。そればかりか運動によって、血液の循環が増強、色々な臓器の代謝活性も盛んになるので、癌に流れるエネルギー量を減らすことが可能になる。 

 つまり筋力の残っている癌患者には、休養するのではなく、むしろ筋肉トレーニングを強化することを薦めたい。これは癌周囲の 環境から多くのエネルギーを取り上げるのに役に立つからだ。

 癌治療には、糖の摂取を抑制した方が良いという点では、運動療法も含めて糖尿病の治療と良く似た点がある。

  エネルギー源を絶つ、全く違ったアプローチとして、外科的に、癌組織に潅流する血管を閉塞させる人工栓塞療法がある。この方法は人間の癌の治療法として、癌の種類によっては、かなりの成果が上げている。
癌細胞はエネルギー代謝が正常細胞以上に盛んなので、正常細胞よりエネルギーの欠乏や酸素の欠乏に敏感で弱いのだ。

 
  次に2)の方法について考えてみよう。 

  生体の蛋白質合成に必要なアミノ酸は20種類あるが、そのうち7種類は人間では合成出来ず、外から摂取する必要がある。しかしこれらのアミノ酸さえあれば他の13種類のアミノ酸は正常の細胞では合成できる。これらのアミノ酸は必須アミノ酸と呼ばれている。

  もし必須アミノ酸以外の13種類のアミノ酸を自分自身で合成しなければならない立場に正常細胞でなく癌細胞が置かれたらどうなるだろう?
つまり癌細胞をこれらの代謝経路をすべて稼働させなければ生きられない環境に置いてやればどうなるだろう。

  正常細胞は必須アミノ酸さえあれば、残りのアミノ酸は自分で合成できるので生存可能である。一方癌細胞の場合はどうかという問題である。

  癌細胞には自らの増殖に都合の良いように夥しい数の突然変異が起こっているので、a)必須アミノ酸から他の13種類のアミノ酸を合成する代謝過程である酵素系に、突然変異が起こり、幾つかのアミノ酸は合成出来ない遺伝的欠陥があるかもしれない。

  アミノ酸を合成する代謝経路は糖代謝経路にくらべて一層複雑であるが、人が普通に食事をする限り必須アミノ酸以外のアミノ酸も体外から十分補給されるので、必須アミノ酸からわざわざ他の13種類のアミノ酸を合成する必要はない。

  つまり成体は必須アミノ酸以外のアミノ酸の合成は通常あまり稼働しなくてもよい環境にあるのだ。

 増殖に特化した癌細胞はこれらの煩わしい代謝経路を失ってはいないだろうか。あるいは、必須アミノ酸から13種類のアミノ酸を合成するには多量のATPを消費するので、癌細胞がこれらのアミノ酸を分裂にさいして合成しなければならないとすれば、増殖に利用できるATP量は著しく減少して結局悪性性質を失うのではないだろうか。

  結論から先に述べると、癌細胞を、必須アミノ酸だけで、試験管内で増殖させてみると、多くの細胞は死ぬが、生き残る細胞があり、これらの細胞を試験管内でさらに培養を続けると、ガラクトースの場合と違って、増殖速度は著しく低下、増殖の仕方も正常細胞とほとんど変わらない性質を示すようになる。
  もちろん1%の寒天培地では増殖できない。癌の、第二法則が作動し、「正常もどき」の細胞が出現するのである。これらの細胞を宿主に戻し移植してみても、腫瘍形成能は全く失しなわれ(100%)、もちろん転移もしない細胞に変異している。 

  つまり癌細胞を必須アミノ酸だけの環境で増殖させてやると、「正常もどき」の細胞だけが選択され増殖出来るようになるのだ。

  しかし、これは試験管内での現象なので、実際に生体でそのようなことが可能か?

  考えられることは、摂取食物に含まれる、アミノ酸を調べ、必須アミノ酸以外のアミノ酸の摂取を可能な限り減らすことである。つまり血中に吸収されるアミノ酸の種類を可能な限り必須アミノ酸に近づけることである。

 現在誰でも出来る一つの方法を挙げてみると、古くから日本には、精進料理がある。この料理法を少し変えれば、進行癌の増殖をとめるに有効な食事療法が可能になるかも知れない、と考えてみたくなる。


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