ジョージ北峰の日記
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2009年11月19日(木) オーロラの伝説ー続き

XXXI
  夜が訪れる頃、劇場の幕が挙がるように、垂れ込めた黒雲はすっかり晴れ挙がり、空に星が輝き始めていました。漆黒の闇夜を経験した後だったので、夜とは言え、辺りはまるで昼間の様に明るく見えるのでした。波が星の光を反射しながら浜辺に打ち寄せている様がはっきり見てとれるほどでした。
  島民は、全員が夕食をするのも忘れ、地下施設から出てきて、久しぶりに見る美しい地球の景色に酔いしれていました。
すると。先ほどの子供が突然「おじさん!あれ!」と大声で指をさすのです。
  今度は、遠く高い天空に赤、緑、紫に輝くオーロラの幕が波打ちながら下がってくるのが見えました。
初めて見る大空のショウに大人も、子供も感嘆の声を上げるのでした。
私が北極に降り立った時に見たあの壮大な宇宙ショウと同じでした。
泣き出す人もありました。母も「父さんにも、こんな美しいオーロラを見せてやりたかった」と涙する始末でした。
  私はふとパトラが、オーロラが出る日に「帰ってくる」と言っていたことを思い出しました。
核戦争が勃発してから、闇夜の中で希望を捨てず、皆と一緒になって必死に村を守ってきたという苦しい思いが、今 “パトラが帰ってくる”という明るい期待と重なり、一刻も早く彼女に会いたいという気持ちが大きくなってくるのでした。
“パトラ、早く会いたい”私は心のなかで叫んでいました。
  やがてオーロラの幕が挙がりますと、一層驚くことが起こったのです。
空の星が、以前私が見た時と同じ様な動きを一斉に見せ始めたのです。
その光景を見て「わあ!」と感嘆の声があちこちから聞こえてきました。
やがて星がチューブを形成しながら遠い水平線から浜辺の方向へ向かってゆっくりと移動して来たのです。
星のチューブは大きく拡大するとドーム状に広がり私達の島全体をすっぽり飲み込もうとしていました。近づいてくると蛍の光のような灯りが煌く(きらめく)膜様物に見えるのでした。
  それまで騒がしかった驚嘆の声は止まり、当たりがシーンと静まりかえりました。何が起ころうとしているのか分からなかったからです。一瞬時が止まったかのように思えるのでした。

そして、水平線の方向からUFOが飛来してきたのです。見る見るうちに大きくなり浜辺近くに着水しました。
「あれはUFO!」誰かが叫びました。「何だろう」口々に騒いでいますとUFOから上陸艇が下りてきて、岸を目指して進んできたのです。
皆はさらに驚いていましたが、私はこの事態はすでに何度も経験していました。
ただ“パトラ”が帰ってきた、と期待で胸が膨らむのでした。
 やがて上陸艇から降り立った、外国人(ラムダ国人と私には分かりましたが、島民にとっては外国人に見えたに違いありません)と一緒に、死んだと思っていたはずの父と妹そして同乗の乗組員達が帰ってきたのです。
驚いて沈黙していた人々の喜びが一挙に爆発しました。大声を上げながら浜辺へ向かって走り出しました。
母は父と妹と抱き合って涙を流しあうのでした。又同乗していた船乗りの家族達も大声で泣き、抱き合い喜んでいました。あまりにも意外な出来事の展開に驚きもあったのでしょう、子供も、大人もそれぞれ船から降り立った人々を胴上げして無我夢中で何かを叫んでいました。
勿論、島へ帰ってきた父、妹を見て私も嬉しく、皆と一緒に喜びを分かちあいたかったのですが---私の期待に反して、ラムだ国人の中にパトラの姿がなかったのです。
若い科学者達は、早速ラムダ国人たちに、感謝の気持ちを英語で話しかけていました。
  一方、パトラが帰ってこなかったことが、私には信じられませんでした。
「パトラ!オーロラが出る日に、必ず帰って来ると約束した筈だろう---」
私の気持ちは動転していました。
 しかし海から吹いている風に気付きました。打ち寄せる波が白い飛沫(しぶき)を上げていました。そして山野の積雪が何時の間にか消え、木々が風に揺れているではありませんか。その様子はまるでラムダ国の風景を想起させるのでした。
私はふと、ラムダ国の海岸でパトラやベン、アレクに助けられた夜のことを思い出していました。
あの夜はどんなに故郷を懐かしく思ったことでしょう?そして家族にどんなに会いたく故郷を思い出していたことでしょう。
しかし今夜は、パトラが帰ってこなかったのです。私の心にぽっかり穴が開いたような、虚しさが襲ってきたのです。
 私が呆然(ぼうぜん)と立ち尽くしているのに、気付いたラムだ国人が走りよってきました。「パトラは?」私は彼らに聞くともなく聞いていました。
彼らも何も答えず私の肩を優しくたたくのでした。
  これまで張りつめてきた私の気力が急激に失われてゆくのが分かりました。

  一方、UFOはまだ波にゆったり揺れていました。
やがて再度UFOの扉が開きました。そしてもう1隻の上陸艇が岸に向かって進んできたのです。「今度は?」と私は胸が高鳴りました。
  しかし降りてきたのは、なんとベンとアレクとラムダ国の仲間達でした。皆が呆気にとられる中、彼等は私を見つけると駆け寄って来てくれたのです。
私は、懐かしさと嬉しさのあまり、彼らに飛びついていました。
彼らとパトラと一緒に過ごした日々が一挙に蘇ってきたのです。
  さらに驚いたことは、老博士も一緒でした。老博士も私を、父のように優しく抱きしめてくれるのでした。
彼の悲しみが私の胸に厭と言うほど強く伝わってきたのです。

しかしそれが「パトラはもう帰ってこない」ということを雄弁に物語っているのでした。
私は老博士に「パトラはオーロラが出る時、帰ってくると言っていたのです」と涙声で話しますと、老博士は「そうだよ。彼女がオーロラになって帰ってきたのだよ」と諭すような口調で答えるのでした。

 私は、一瞬絶句しました。
“パトラは帰って来ない”
“しかしパトラは私との約束を確かに守ってくれた”と、博士の言葉からやっと悟ったのです。
「パトラ---!君はオーロラになって帰って来たのか!---そうだったのか!」

 私は辺り構わず、大声で泣き崩れていました。
 


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