ジョージ北峰の日記
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2008年01月06日(日) オーロラの伝説ー続き

  天を突く木々が茂る熱帯林、暗闇の山道は複雑に迂曲している上、道幅が狭く足元には潅木が深く茂っているので一歩進むことさえ困難でした。だがヘルメットに装着された眼鏡をかけると周囲がまるで昼間の様に見え、小さな花の蕾の一つ一つさえ判別可能になりました。
 サスケとコジロウは体長160cm前後で褐色の地に黒色の斑がありジャガーとほとんど区別のつかない体形でありましたが顔かたち、大きな耳が狼にも似ているように思えました。胸から首にかけて軍用犬の様に銀色の鎧を着けていました。
サスケは鼻から目の周囲に黒色斑のマスクがかかっていて、いかにも精悍な野獣のように見えました。一方コジロウにはライオンのような鬣(たてがみ)が特徴で、あたかも王様のような風格を漂わせていました。
 私はこれまでこんな動物を見たことがありませんでした。おそらくこの国で老博士達が新たに作り出した犬(と呼ばれる)動物に違いないと思います。野獣のような怖さと、犬のような人懐っこさを兼ね備え、私の話す言葉も十分理解できるようでありました。それぞれの呼び名もすぐ覚えてくれました。
  サスケは周囲を伺いながら私の前を用心深く前進する、そして後ろをコジロウが少し離れてついて来る。サスケの耳の動きを見ていると、周囲の状況が手に取るようにわかります。
 サスケは左右の潅木の茂みを時折覗き込み周囲の状況を確認する。一方大鷲(おおわし)の様な大カラスはサスケとコジロウの背中の鎧の結び目にある小さな取っ手にバランスをとってしっかっり止まっている。
 野鳥が、突然大声を出しながら木々の合間をすり抜けていく。その度に、私は驚くがサスケもコジロウも気にかける素振りさえ見せない。
 私が度肝抜かれたのは、すぐ近くの藪から大型のトカゲの様な動物が“ぬーっ”と顔を出した時でした。が、コジロウの深い地の底から出てくるような唸り声を聞くと、慌てて逃げ去っていきました。コジロウの唸りは本当に地獄の底からから響いてくるようで、私でさえ恐怖を憶えるほどでした。

 X山に近づくにつれ、高木(こうぼく)の数も徐々に減り、潅木が茂る平地が増えてくるが、同時に敵味方の戦士がそこかしこに倒れている姿がはっきりと目に付くようになりました。平和な時の日常の感覚なら、おそらく目を背けたくなるような風景だったに違いありません。しかしどう言う訳かその時の私は、興奮状態にあったためか恐怖も何も感じない無神経な人間になっていたようでした。私はただひたすらサスケについて道を急いでいました。
 いよいよX山の上り口付近に近づこうとした時、サスケが突然立ち止まって前方を睨み、前足を低く身構えました。
すると、2羽のカラスが“スーッ”と木と空の切れ目近くまで高く舞い上がり、音も無く急降下する。と、同時に2匹の大ネズミが宙に舞った。
そしてサスケの前に落ちて来る、と思った瞬間2匹の大ネズミの胴体は真っ二つに千切れ宙に舞っていました。
 あっと言う間の出来事だったが、私はサスケの素早い鮮やかな動きに感嘆しました。それから瞬く間に数匹の大ネズミは宙に舞っていました。この間ネズミの鳴き声はほとんど聞こえませんでした。まるで無声映画を見ているような光景でした。私は感嘆のあまり、思わず“見事!”と叫んでいました。
 一方コジロウは相変わらず、冷静に周囲の様子を伺っている。“エクセレント!”私がコジロウに話しかけると、彼は“当然”と言う風な様子で私の顔を見返す。それは私にとってとても頼もしい姿でした。

 X山の山道は、草木が岩の合間から少し顔を出す程の岩山で、さらに多数の戦死した戦士、大ネズミまたは大カラスの死骸があちこちに散乱しているのが見えました。目も覆いたくなるほどの惨憺たる状況!そんな状況が山頂へ延々と続いていました。
 パトラの戦う決闘場所は海岸です。
 私達はX山には登らず麓の道を海岸に向かって急ぎまし。先ほどの戦いがあってからは、大カラスは木々の枝の合間を飛びながら絶えず周囲に注意を払っています。そして時々見つけたネズミたちに攻撃を加えました。やがて海岸へもう少しのところ迄近づいた時でした。
 茂みが少し深くなった場所に獲物を見つけたのか一羽の大カラスが急降下しました。その時でした、突然茂みの中から刀が一閃して、カラスは攻撃をかわしきれず、片方の羽を失ったのか、悲鳴のような鳴声を発して落下しました。少しバタバタもがいているようだったが続く攻撃のためか、あるいは大ネズミにやられたのか急に動きが止まりました。
 緊急の事態にサスケとコジロウは即座に茂みに飛び込んでいました。しばらく争う動きがあったがやがて静かになりました。事態が把握できず私は不安に襲われましたが、茂みから現れたのはサスケとコジロウでした。その時の私の喜び、読者には理解していただけるでしょか?
 コジロウが口元に血をつけたまま私の元へ駆寄ってきました。彼が私を代わって戦ってくれたのです。その時の彼の姿を平静時に見ていたら恐らく恐怖を覚えたでしょう。しかし彼は今や頼りになる仲間でした。私は嬉しさのあまり彼をしっかり抱きしめていました。この時コジロウに悲しみの涙を見たような気がした。

 何があってもおかしくない危険が隣り合わせの戦場という状況下で、頼りにしていた動物達が命も恐れず勇敢に働く姿を目の当たりにして、私は涙がこぼれるほど嬉しく、その感激は筆舌に尽くしがたいものでした。それにしても、かけがえのない仲間のカラスは如何したのだろう?―――死んだ?のか?
 動物たちから勇気をもらった私は無我夢中で茂みに飛び込んでいました!---そして其処で、剣がカラスの身体を貫いているのを見たのです。カラスは即死状態でした。もう、何かが出来る状態ではありませんでした。私は、茫然としました。
 が、これこそが戦争でした。戦わなければ自分が死ぬ。今の今迄、死んだ戦士や動物たちの死骸を無神経に見過ごしてきました。しかし一羽の仲間のカラスの死が私に“生きる”ことの大切さを教えてくれたような気がしました。---私も何時かは死ぬ。当たり前のことです。しかし、今私が死ぬようなことがあれば、すべてを放棄することになる。私は、今死ぬ訳にはいかない。少なくともパトラに会い彼女の勝利を確認する迄は---生か死か?生きる価値があるのかないのか?今私は問われている!死ねばそれまでの人間---と---。
 私は絶対に負けるわけにはいかない!
“生きること”の本当の意味は、たとえ利己主義と言われようと---それでも生きるべく最大の努力する事に---こそある、と。
 今、私の大事な仲間カラスが戦死しました。
私は、彼に何も出来なかった自分に対して激しい憤りがこみ上げてきました。平生さを失っていました。
 私はいかに非戦闘員とは言え丸腰は危険であることを悟りました。仲間さえ助けることが出来なかった自分がとても悔しかったのです。老博士の言っていた通り、傷ついた戦士の逆襲は、無差別で非戦闘員かどうかの区別さえつかない場合があることを悟ったのです。
私は強い覚悟を決めました。
今後、もしサスケやコジロウまで戦死させるようなことがあれば自分自身を決して許さない、と!

私は背中にかけた剣を何時でも抜けるような状態に準備することにしました。





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