ジョージ北峰の日記
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XXI 時間が経過するにつれて、海方面から青い光がどんどん上陸してくる、一方赤い光も前線がY山、Z山の山手から海岸線に向かってどんどん移動して行く。戦況の流れは、全体としてはラムダ国のほうが少し優勢のようだった。 それから、どれくらいの時間が経過していただろう。じっと戦況を見守っていた老博士は、私のほうを振り向くと「いよいよ最終段階に来たようだ。このままだと、双方とも明け方までに勝負の決着をつけることは困難になるだろう。そのときは女王同士の一騎打ちになる」と言った。続けて「女王同士の一騎打ちになると誰も手が出せないのだよ」とまるで他人事のように淡々と語る。 「え!それでは両国の戦争は、最後は女王同士の一騎打ちできまるのですか?」この時、私はまだこの国の戦争のやり方を知らなかったのだ。 「パトラが負ければどうなるのですか?女王は死ぬのですか?」 「勿論だよ、どちらの女王も決して勝負を投げ出すことはない。二人のプライドにかけて死ぬまで戦うだろう」 私は一瞬愕然とした--パトラは死ぬかもしれない--というのに—「何故!!--何故私は、パトラと一緒に戦いに参加出来ないのですか?パトラが、もし死ぬようなことになったら、私は一体何の役に立つと言うのです?」再度強く尋ねると、老博士は少し困った表情を見せたが「先ほども話した通り、この戦争が終わればパトラ含めてラムダ国人は人間社会に復帰することになる。その時あなたの果たす役割がとても重要になるのだ。しかし、もしパトラがドクターの言うようにこの戦いに敗れることがあれば、この計画を私達はあきらめなければならない」--この時まで、私が絶えず疑問に思っていたこと、 「一体ラムダ国とオメガ国は何のために戦争をしているのです?」と強い口調で博士にぶっつけると、 「--」博士は何も答えなかった。 「この戦争は、博士の実験なのですか?どちらの国を人間社会に復帰させるか決める為の!」 さらに「あなた方が設計した遺伝システムの成否を決めるための実験ですか?私はその片棒を担いできたと言う訳ですね!」 「--」暫くして、老博士は少し考えているような素振りを見せていたが、最後に、意を決したのか、遠くを見据えるように宙を仰ぎながら 「ドクター、あなたの疑問に答えよう。先にも話した通り、今の地球人達が何時からか間違った方向に進化し始めた—ということを前提にして話を進めて良いかね—ドクターならこれまで地球人達がやってきた利己的で無節操な行動が(特に20世紀になったから)地球上に存在していた多くの有用な遺伝子システムを破壊して来た、と言う事実は理解してくれるだろうねーーこのまま、この事態を放置しておけば、(宇宙空間の中でも生命を育むことが出来る)数少ない星、地球に存在する生命全体を絶滅させてしまうことになるのだ。しかも地球の生命の遺伝子システムをゼロから設計・実用化することは、我々にとっても本当に大変困難な作業なのだ。だから、地球人の誤った進化の方向を可及的速やかに、どうしても修正する必要があるのだ!」続けて、 「もし私達の計画が失敗すれば、地球の生命システムは絶滅することになる。そのことだけは、どうにも避けられない確実なことだ」と確信するように話した。 「しかし、私にはこの国のシステムが民主的で且つ進化しているとは思えないのですが--むしろ社会体制そのものは、古代社会に存在した封建社会に逆戻りしているように思うのですが--それでも良いのですか?」と異論を挿むと、 「そう、現代地球社会の問題点は、地球人全体が皆同じ能力、同じ権利を持ち、つまり誰もが同じ欲を平等に満たすことが可能だと考えている点にある。人口が少なかった時代はそれでもよかった。しかし現代の様に人口だけが突出して増加してきた状況の中で、すべての個人が、すべて同じ権利を主張、皆が同じ欲を満たそうと争い始めたら、ドクター、地球一体はどうなるか考たことがあるかね? 地球は幾つあっても足りないだろう。世界の現況はまさにその通りになりつつあるのではないかね?」 「とすれば人は、同じ能力を有し、同じ権利を有し、人の行動は誰にでも平等に保障されていると言う考え方は誤りだというのですか? で、それが誤りだとすれば、地球人たちは一体どうすればよいのでしょう。すべての人間は基本的に平等に生きる権利、すなわち“人の上には人を作らず”と漸く認め合うように成ってきたばかりですよ」と、老博士は、私の話を遮るように 「許された範囲内における人間の行動は、確かに自由で平等でも良かった。しかし人間が現代やっている行動は限界を超えていると言える。其処が問題なのだ—ことに一部の人間の誤った判断に基づく科学技術の無分別な利用が、本来生物としてあるべき人の姿を化物に変えてしまった。しかも人は、その誤りを正そうともしない。いや、恐らく分かっていても出来ないのだろうが—現代人の行動原理を決めているのは人の自由な判断力ではなくて、遺伝子システムなのだから—つまり人間の遺伝子システム自体を修正しなければ本来の生物としての新しい人間社会を築くことは出来ない。 その後人間をもう一度元の“古代社会”に戻さなければならない。そうすれば2度と同じ過ちを繰り返さない安全な地球社会を築けるということになるだろう」老博士の表情から使命感とも言える強い意志が見て取れた。「その観点から再度、地球の生命システムを変えていかなければならないのだ」 「――」それからしばらく沈黙が続いた。 やがて海岸線の方角から、再度ほら貝を吹く音が、風に乗って聞こえてきた。するとそれまで混然と入り混じっていた赤と、青の光が二手に分かれ始め、さらに暗黒の海の方角から一段と明るい青い光の集団が静かに上陸して来る。一方山手のほうからは、やはり赤い光の大集団が海岸線の方向へ移動始める。 「いよいよ女王の決戦だ」老博士が呟くように言った。そして何を思ったのか、急に私の方へ振り向くと「ドクター、君も行きたいかね?」 「勿論です!」と即座に答えると、博士は「それなら行っても良いが、あなたは非戦闘員だから戦う必要はない。しかしすでに倒れた敵から突然攻撃されることがあるかもしれない。とても危険なことだよ。それでも良いかね?」「当然です!」私はうずうずしていた気持ち爆発させるように答えると、博士は少し笑いながら「それなら、二匹の犬と二羽のカラスを、お供に連れて行くが良い。彼らが君の味方となって、いざという時に助けてくれるだろう」とそれだけ言うと---不思議なことに彼は突然部屋から消えてしまった。まるで三次元のヴァーチャルの世界を見ているようだった。彼は本当に此処に居たのだろうか?? と考える暇もなく、もっと驚いたことには、気がつくと私はすでに真暗闇の山中に立っていたのである。その上驚いたことに私のすぐ傍には、大鷲の様なカラスを背中に載せた二頭のジャガーが命令を待つように立っていたのだ。この話はもう少し詳しく説明する必要があるかもしれない。ただ事実はその通りだった。 それに私の気持ちも大いに逼迫していた。今は話を先に進めよう。 「よし、出発だ!」と私が声をかけると、頷くように私の顔を見て、一頭が前、一頭が後ろに回って歩き始めた。まるで日本の御伽噺“桃太郎”の主人公になったような気がした。 それに老博士は犬と言ったが、私には、どう見てもジャガーだった。 海からの風が背の高い南国の木々を静かに揺らしていた。真暗闇の空間で木々の合間から見える星がサファイアのようにゆれ輝く様が見えた。 私は二頭のジャガーをサスケとコジロウと呼ぶことにした。サスケとコジロウの活躍については、一度は話さなければならないと思う。
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