XI
　人と人が現実に殺しあう戦争場面を目の当たりにして、私の心は、これまで経験したことのない程の強い感情の昂ぶりに動揺していました。
　あの若く可憐な少女達が“生死を賭け”戦場で恐れることなく戦う姿、そればかりか敢えて危険な場所で女王“パトラ”さえ戦う、そして、まるで“散歩”にでも出掛けるように出撃していったアレク。
　それは感動的なシーンではありましたが、しかし一方「何故この国は戦う必要があるのか？」という疑問、それに「命が保証されない戦場へ如何して女王までが率先して出撃していくのか？」
「戦争は悪ではなかったのか？！」などなど理由（わけ）の分からない疑問が---出ては消えるのでした。
私には謎ばかりのことで、ただ同じ質問を心の中で何度も繰り返すのでした。
　私の疑問はそればかりではありませんでした。
　確かに私が自分の研究を進めていく上では、この国の環境は決して悪くありませんでした。しかし冷静に振り返ってみれば、私はこれまで研究者としての狭い視野からしか世界を見ていなかったのです。
　この国に見られるように現実に自分の研究が人間や動物世界の改造に応用され、人工的改造人間や動物が、この世に送り出されるとしたら、一体何が起こるだろう？その社会に及ぼす影響については、これまであまり真剣に考えたことがありませんでした。いやそんなことを心配をする必要も全くなっかたのです。
　だから、この国が現在試みようとしている（遺伝子工学の実用化がもう既にかなり進んでいるようでしたが）遺伝子組み換え研究が、彼らにとって都合の良い人工生物を生産し利用することだけを優先する近視眼的視点から推進されているとすれば、自然が長い時間をかけ創造してきた生態系のバランスを著しく崩し、最終的に地球の生態系を破壊しつくす可能性があるという懸念を私は抱き始めたのです。

　この国の科学者達はそれを分かっていて「なお、こんな無謀な実験を押し進めようとしているのか？---」この国では、科学者は、一体何を考えているのだろう？私には不思議でなりませんでした。

　ところで何億年もの昔、地球上を自由に闊歩していた恐竜達が、何故滅びていったのか？について色々な学説が提起されています。

　その学説としては、彼等の生物学的理由、すなわち遺伝子の限界学説、つまり遺伝子は長い目で見れば一定期限を過ぎれば退化が始まる、(言い換えれば遺伝子そのものに欠陥があって）自ら滅びていった。　
　或いは又何らかの原因で、例えば地球環境が生物の適応能力を超えるほどドラスチックに変化した(惑星の衝突説)結果、絶滅した。　
或いは又、ある外因は一部の生物を直撃しただけだったが、その生物は生態系の成り立ちに必須不可欠な存在だった為、その絶滅は生態系のヒエラルキーにとって大きな打撃となり、結果、ドミノ倒し的に生物系全体を絶滅させてしまった、などの学説が挙げることが出来るでしょう。　
しかし、恐竜絶滅の本当の理由はなお誰にも理解されていないと言えるではないしょうか。
　ただ恐竜たちが、生存の場として生まれ育ってきた地球環境に適応が出来くてなり、絶滅したことだけは確かですが！

　今、ラムダ国が精力的に推進している事業は、遺伝子工学を使って動物進化を、人為的に自分達の思う方向へ進めようとしていることでした。
　私には、（実験なら許されるとしても）実用化となると、とても危険なことだと思っていました。

　恐竜時代以前にも、本当はラムダ国のような国が存在していて、生物の進化を利己目的の為に利用しようとしていたのかもしれません。
その結果が恐竜時代の幕開けで、それが原因となって当時の地球上にさかえた生態系の連鎖を破壊、恐竜のみならず当時の生物界全体を絶滅させたのかも知れないのです。
　私が北極圏に興味を抱いた最初の動機も、氷河に閉じ込められた可能性がある恐竜時代の遺伝的痕跡を探し出し、そして一度死んだと考えられていた恐竜時代の遺伝子を現代生物に復活させることでした。
　私が今回分離したウイルスには恐竜時代の遺伝子が混在していたのかも知れませんでした。少なくとも私はその可能性を疑っていました。

　ラムダ国の指導者は、私の分離した遺伝子の価値（一度は絶滅した遺伝子）を理解、彼らにとって利用価値のある人工動物の作製に利用する可能性を考えていたのかもしれません。
　勿論、私にとって、それは興味ある研究でありましたが、実用化となるとやはり話は別と考えていました。

　私は、この国の本当の目的をどうしても知りたくなったのです。
　しかしパトラ、アレク、それにベンもやはり人工改造人間の可能性が考えられ、彼等から本当のことを聞き出すことが困難だろうと思ってはいました。
　
　そして私には、この国の背後に想像もつかないとてつもなく大きな組織があるではないかと考えたのです。
　とにかく「今は、冷静にこの国の真実を知らなければ！」と、強い好奇心が私の心の中にもたげ始めました。
　それに動物進化の実験と、この国の訳の分からない（私には）戦争との間にどんな関係があるのか？
私には、この国には興味深い謎が一杯隠されているように思えるのでした。　

ジョージ北峰 ｜MAIL