ジョージ北峰の日記
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2005年08月15日(月) オーロラの伝説ー続き

 この地下都市国家には、島の表面には人工的な灯り(あかり)を発する建造物がありませんでした。だから夜に、月の光が波間にきらきら映る様は、殊さら眩しく(まぶしく)、遠い昔母と手をつないで歩いた人気のない海辺を思い出させるのでした。
あの当時は月ばかりでなく、星もくっきり輝いて見えました。私はまだ幼く、母が時折話してくれる怪談が恐ろしく、固唾を呑んで、ただ母の腕にしっかりしがみつきながら聞いていた姿がまざまざと思い出されるのでした。
 そんな少年時代、優しい家族と暮らしていた思い出が懐かしく、少し寂しさもあり感傷的になっていたこともあって、浜に腰を下ろし、波打ち際を洗う優しい波の音に耳を傾け、少年時代に父と合奏したこともある横笛取り出し吹き始めようとした時でした。
と、その時、背後に人の近づく気配を感じ、私は反射的に立ち上がって身構えました。しかし、相手は(如何して私の行動を知っていたのか分かりませんでしたが)パトラでした。彼女は、女格闘技の選手が身に着けるような、黒い短パン、黒の袖なしジャケット、それに腰には短剣を帯びていました。
私は、パトラにこんな感傷気分に浸った情けない姿を見られたことが少し恥ずかしく、又一方では少し嬉しかったこともあって 「まるで戦士のようですね」と照れ笑いをしますと、彼女は真顔になって「一人で海岸を散歩することは危険ですよ! でも反射神経は優れているようでね」と言い、傍に座って腕を絡ませてきました。
 私はラムダ国に招待されたことを(それが例え拉致だったとしても)それ程怒ってはいませんでした、否むしろある意味で喜んでいたと言ってもよかったかもしれません。
その理由(わけ)は、読者の皆さんはもうお気付きのことと思いますが、パトラがとても魅力的で、私は心底から彼女のことを気に入っていたからです。しかしだからと言って、それがパトラの願いだったとしても、私の研究テーマ“人間の品種改良”なんて“馬鹿げたこと”としか私には思えませんでした。いずれ彼女に私の思いを理解してもらおうと考えていたのです。
 今、そのパトラが私のすぐ傍に、体を寄せてすわったのです。そして私の手をしっかり握り締めてきました。
 彼女は私を静かに抱きしめるように、首に腕を回しながら顔を近づけてきました。私は胸の高鳴りを感じながらも、自分の思いを話さなければと、彼女と目を合わせた時、彼女が少し緊張しているのに気付きました。月明かりでガーネット色の彼女の瞳は豹の目のように青く燃えていたのです。それは優しい愛の光ではなく、閻魔王の目から発するような恐ろしい光だったのです。
 私がクラクラと眩暈(めまい)がした瞬間でした。いきなり彼女は私を突き飛ばし「身を伏せて!」と小声で叫びました。
 と、静かな海がざわめいたかと思うと同時でした。二人の黒い影が彼女に襲い掛かっていました。一瞬の出来事でした。しかし彼女は軽く身をかわし、一人目を蹴り倒し、もう一人を投げ飛ばしていました。すると、息つく暇もなく、もう三人の黒い影が海から飛び出してきたのです。彼らは剣を引き抜いて彼女に切りかかりました。彼女も短剣を引き抜き応戦、左右に身をかわしながら、一瞬の隙を見て相手の剣を叩き落す。まるで映画の剣戟シーンを見ているようでした。しかし残る二人にパトラは苦戦していました。一人が前から一人が後ろからと、切りかかる。彼女はなんとか、かわしていますが「勝負がつきそうもない」と、それに彼女が疲れるのではないかとハラハラし始めた矢先、彼女が足元あった石にバランスを崩したのです。私は一瞬ヒヤリとしました。

が、その時、別の二人の黒い影が、彼らの前に立ちはだかっていました。
「 ああっ!」と私は一瞬息を呑みましたが、彼らは敵ではありませんでした。
 パトラを護衛する近衛兵達だったのです。
 二人の剣捌きは見事でした。瞬く間に敵を波打ち際に追い詰めていました。
 ついに敵は戦意を喪失したように慌てて海に飛び込み、そのまま姿を消してしまいました。
 当時の私には想像もつかない世界でした。本当の戦いを知らない私は、ただ唖然とするばかりでした。
 それにしても、今夜のパトラの何者をも恐れない、機敏で、精悍な戦いぶりはとても女性、いや人間業とは思えませんでした。 私の知っている日頃のパトラの美しさ、優しさとは全く打って変わった、恐怖さえ感じさせる、これまでとは違った彼女の別の魅力を見せてくれたのです。私はすっかり感動していました。
 彼女には、女王としての本当の風格(オーラ)があることを、改めて認識させられたのでした。
 


ジョージ北峰 |MAIL